犬狩り 第14話 |
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故セリエの秘書ヘイスティングズはまだ故人の邸宅にいた。暫定的に未亡人に雇われているという。 翌日、ダンテとリッチーはコネチカット州の高級住宅街、グリニッチをたずねた。 秘書は接客中であったが、取次ぎのメイドが、 「少しお待ちいただけますか。三十分とお待たせしないと言っておりますが」 「けっこうです。それでは先に奥様にお会いできますか」 セリエの若い未亡人は夫の十数億ドルの遺産を相続していた。結婚前、レストランのウェイトレスをしていた娘が、三年で大富豪になり、ゴシップ紙が騒いでいる。 「あたしはたしかにラッキーだったけど、人殺しはしてないわよ」 若い未亡人は握手に応じながら、ダンテに笑いかけた。 頬にはバラ色がともり、悲しみのやつれはまったくない。はずむ胸からはチア・リーダーのような生気があふれている。 「じゃあ、ご主人を憎んでいる人に覚えはありませんか」 「さっぱり」 若い女は丸い肩をすくめた。夫は自分の友人に彼女を紹介しなかったという。 「彼、あたしをひとに取られたくなかったの。自分だけの宝物にしておきたかったのよ」 女は健康的な長い足をくるりと組み替え、 「どう思う?」 「なにがです?」 「あたしよ」 女は青い目をきらめかせた。「成り上がりのバカ女って思ってるんでしょ」 ダンテは言葉にこまった。 「いいのよ。そうなんだから。でも、まったく努力しなかったわけじゃないわ。シンデレラになろうとして、ちゃんと努力したのよ」 ハンプトンのレストランで働いていたのは、そこが金持ちの溜まり場だったからだ、まわりの女の子が小金でからだを売っても、自分はやらなかった、と自慢げに言った。 「いろいろ苦労はしたのよ。やっかまれたりね。でも、見合う投資だったわ。あたしだけがプリティ・ウーマンになれたんだもの」 「はあ」 ダンテはコロラドについて聞こうとしたが、 「アルはいいおじいさんだったわ。あたしを孫娘みたいにかわいがってくれた。なんでも買ってくれたし、なんでも言うこと聞いてくれたわ。自分は老人だって引け目を感じてたのね。きみは自由に遊びなさい。お金も好きにつかっていいよって」 だからね、と彼女は指をひらひら舞わせ、 「あたしがお金のためにアルを殺したなんてありえないわ。殺さなくても自由だったんだから」 さらに声を高くした。 「あたし、あの日、友だちのジーナとサルディニア島にいってたのよ。だから、絶対にアルを殺したなんてことはありえないの」 ダンテが疑っていると思ったらしい。女の声はややうわずっていた。 ダンテが友だちの住所を聞くと、彼女は素直におしえた。 「では、ヘイスティングズ氏はどうでしょうね」 女はダンテを見つめかえした。 「フレッド? あの玉ナシ――あら失礼――うちの秘書がどうかしたの」 「ご主人のことを恨んでいた節はありますか」 女は鼻にしわを寄せた。 「知らないわ。あのしみったれのことなんか。ものすごいケチ。大嫌いよ」 「でも、いま奥様が雇われているんですよね」 「雇い主が死んじまったんだもの。いきなり職探しはかわいそうかと思ったのよ」 でも、すぐクビよ。あんなやつ、と頬をふくらませた。 「なぜ」 「あたしをなめてるからよ。ドレス一枚買うのにイヤミを言うのよ。秘書ふぜいが」 秘書と新しい雇主の間はうまくいっていないらしい。ダンテが彼がコロラドのアスペンにスキーに行くようなことはあるかと聞いたが、女は知らなかった。 話題が秘書の話になると興をうしなったように、 「もういい? 美容院に行きたいんだけど」 「あとひとつ」 ダンテは聞いた。 「奥様はセリエ氏がゲイだと知って、結婚なさったんですか」 女が一瞬言葉をうしなう。リッチーもたじろいで、ダンテを見た。 「いや、旦那がゲイでも夫婦仲はよかったのか疑問だったので」 女はダンテをにらむと、立ち上がった。 「あんたも玉ナシのクチね」 美容院へ行くといって、女は憤然と部屋を出て行った。 秘書、ヘイスティングズはひと組の客を送り出し、入れ替わりにダンテとリッチーを部屋へ招いた。 「せわしなくてすみません。客が多くて」 茶色い目が温かい。平凡だが、笑顔のいい男だった。声に知性がある。 「お悔やみに?」 ダンテが聞くと秘書は手をふり、 「寄付ですよ。遺産を受けた後家さんにさっそくむらがってきているんです。ほかにもゴシップ紙の取材とかいろいろ来ますよ」 こぼして見せたが、苦にしている様子はない。よく働く男のようだった。 ダンテは聞いた。 「ちょっとおたずねしたいんですが、奥さん、旦那とうまく行ってました?」 秘書はニヤニヤした。 「いま、奥様から聞いたんじゃないんですか」 「いや、プリティ・ウーマンの話はしてくれましたが、リチャード・ギアがじじいでホモでも、ジュリアは満足できるのかなって」 秘書は声をたてて笑った。 「そいつはなんとも言えませんね。でも、うまくいかなかったら、赤ちゃんはできないんじゃないですか」 ダンテはおどろいた。 「妊娠してるんですか」 「らしいです」 若い女はバラ色の頬をしていた。それでか、と納得しつつ、ダンテは妙な気がした。 (じじいでホモでもうまくいくのか) 秘書は察したように苦笑し、 「まあ、この件に奥様は関係ないでしょうね」 「なんでそう言えるんです」 「事件が起こるまで、あのひとは猟園もヴィラも知らなかったからです。セリエ氏は何も説明してませんでした」 遺体を引き渡す時、ほんとうにこまりましたよ、と言った。 ダンテは事件当日のことをたずねた。 「ええ。ぼくもあそこにいました。猟には出ていません。あの後、セリエ氏のお供でフランスへ飛ぶ予定があったので待っていたんです」 仕事だから仕方がないが、あの猟園に入るのはいやだ、と顔をしかめた。 「たいがいゲームは朝あるので、夜のうちに行くんです。殺される連中がトラックで運びこまれるのを見た時は――たまりませんでしたね。いつもゲーム中は応接室の窓を締め切って仕事をしたり、音楽を聴いたりしています」 「それでも、仕事を変えようとは思わなかった」 「セリエ氏には恩がありましたから。学費を出してくれたのは彼なんです。――あれさえなければ、いい方なんですよ」 つかぬことをうかがいますが、とダンテは咳払いした。 「セリエ氏と肉体関係はありませんでしたか」 秘書ははっきり、ノー、と言った。さとい秘書はすぐに察した。 「ぼくがセリエ氏になにか遺恨があったかとお考えなら、ノーです。あの方はぼくにはいいボスでした。彼が死んだところで遺産も入りません。なんのトクもしてませんよ。――それに、ゲーム中はローリーとチェスをしてましたしね」 「どっちかが、ちょっと長くトイレに立ったということは」 「ありません」 ローリーに聞いてみてくれ、と微笑んだ。 鉄壁であった。 ダンテはやや意気をそがれながら、 「あなたはスキーをなさるそうですが、いつもどこで滑るんですか」 「もっぱらマウンテンですね。タオス、ビーバークリーク、スノーマス」 「アスペンは」 「ああ、行きます。でも、ここ一年どこにも行ってないですよ」 最後にコロラドで滑ったのは三年前だという。三年前、イスマエルはまだ生きている。 「誰かアスペンに関係のある知り合いはいませんかね」 秘書が考えこんだ時、携帯電話が鳴った。秘書はそれを見て、一度切ったが、今度はデスクの電話が鳴った。 「すみません。雇用主です」 と苦笑して、電話をとる。 はい、奥様、とうやうやしく聞き、やがて顔色を変えた。 離れたダンテの耳にも、受話器からさかんにまくしたてる高い声が聞こえる。 「わかりました。すぐうかがいます」 電話を切り、秘書はダンテに言った。 「すみません。あとの話は、また後日でもよろしいでしょうか」 「どうかなさいましたか」 秘書はかたい顔をして、 「奥様が美容院に行く途中、パパラッチに車をぶつけられたそうです」 |
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