犬狩り 第15話 |
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ニーヴスの家で、リッチーは真っ先にバルコニーから外を警戒した。 「もう来ないよ」 ニーヴスがうしろで笑っている。 「笑ってろ。こないだこっちは裸でおっぽりだされたんだぜ」 「もう来ない」 ニーヴスは背後からリッチーを抱きしめた。その手がベルトに触れる。 ベルトをはずされ、リッチーはあわててもがいた。 「中。中で」 「いいから」 するりと手がすべりこみ、下着のなかでペニスをつかむ。リッチーは身をすくめた。 「よせって」 長身を押しのけようとすると、手首をつかまれた。金属の輪がカチリとはまる。 「あ、コラ」 ニーヴスは笑い、リッチーの手をバルコニーの手すりに手錠でつないでしまった。 「ふざけるなよ」 「だいじょうぶ。誰も見てないって」 ニーヴスはリッチーを背後から抱きしめ、耳もとに唇をつけた。 (くそ――) リッチーはうつむいた。 息が触れるだけで、じんわり下腹に熱をおびる。すぐに淫らな疼きが骨にひびいてくる。 リッチーは羞恥にのぼせる思いでつぶやいた。 「おれ、こういうの、ダメなんだよ。落ち着かない」 「だから楽しいんじゃないか」 ニーヴスの手がからだを翼のように包んでいる。ペニスをいじり、片手がワイシャツの下を這い、乳首をかすめる。 リッチーの背がビクリとはずんだ。 「メスだな」 ニーヴスが耳もとでわらう。「こっちのほうが敏感」 リッチーは恥ずかしくなり、足で蹴った。 首すじにニーヴスの舌が這う。指先で乳首をいじられ、ペニスを嬲られ、リッチーは眩み、腰砕けそうになっていた。ペニスが苦しいほど熱く息づいている。アナルの内が焼けていた。 「……ニーヴス。たのむよ。中で」 だが、ニーヴスはリッチーの腰から下着とズボンをひきずり下ろした。 「ちょ、やめろって、――」 濡れた陰部が夜気に触れ、思わずリッチーは身をかがめた。 夜中とはいえ、隣家には明りもある。子どもが見ないともかぎらない。 「また通報がくるぞ」 ニーヴスはかすれた声で笑い、リッチーの尻をつかみあげ、自らのあたたかな性器を押しつけた。 (!) 肛門にゆたかな熱が触れる。リッチーは言葉をうしなった。脳髄から力が抜け落ち、筋が溶けていく。目の前が揺れて見えず、足の骨が透けて、立っていられないような気がした。 「はやく」 「なに?」 「はやくコレはずして」 だが、肛門を蹴り分けて、熱い肉がおどりこんだ。ぬめりをおびた肉塊は荒々しくはらわたを突き上げる。リッチーはつい高い声をあげた。 「シー」 と恋人が笑って耳を噛む。 リッチーはふるえた。夜闇のなかで、男に貫かれている。下肢を剥き出しにして、外で嬲られていた。 (こいつ、ほんとうに破廉恥だ) リッチーは恥ずかしさに身悶えした。 虚空のなかで彼は裸だった。尻のなかに熱い塊を突き入れられ、闇に見つめられ、わなないていた。 耳もとにニーヴスの息がからみつく。熱い息は肌をざわめかせ、裸のからだをすべりおりた。身のうちに得たいの知れぬ炎が明るくふくらむ。 「ッ」 指がわらうように蠢き、ペニスをなぶっていた。ペニスは濡れ果てている。ぬめった淫らな感触が意識を薙ぎ倒していく。 (アア) ニーヴスが腰を揺らした時、リッチーは知らず尻をさし上げていた。 腹のなかで熱い海が波打つ。恋人の手のなかでペニスは跳ね上がらんばかりに強く脈打っている。 「アア、ニーヴ、アハ、――アアッ」 「シッ、近所迷惑」 「ばかッ、あ、アアッ、や、いやだ」 恥知らずな恋人に腹がたつ。 だが、どこかに、からだの陶酔とはべつに、濁った快楽があるのを感じていた。暗いほうへ堕ちていく感覚。世界の果てに立って深淵をのぞくような、奇怪な興奮があった。 「コリン」 ニーヴスがリッチーの頬に冷たいビールボトルを押しつける。シーツの上になにか放った。 リッチーは薄目を開いた。シーツの上でプラスチックのCDケースが落ちている。 なつかしい絵にリッチーはたじろいだ。 「なに、これ」 CDのパッケージには仔猫のウェイターの漫画がついていた。スペイン語で『ウェイター・リッチーの英会話教室』とある。 「プレスコットの息子の会社が出してる。奇しきめぐりあわせだな」 リッチーの胸のなかで淡い痛みが動いた。 「べつにめずらしくはないさ。今はなんにでもついてる」 そっけなくいい、CDをサイドテーブルに置いた。 「どうして? あんたも調べてるのか」 ニーヴスは答えず、尻をベッドにのせた。ビールをあおり、さりげなく聞く。 「なあ。頭がキレるほうか。やつは。ミスターFBIは」 「ブルーノ? さあ」 リッチーは評価を控えた。 「むこうにはむこうの情報網があるし、おれが全部ついてまわってるわけじゃないから」 「やつは何を調べてるんだ」 「関係者をひとわたり見てる。まだ情報収集の段階」 なぜニーヴスが聞くのか不思議だった。 「なにかあるのか」 「いや」 ニーヴスは笑って、リッチーの上に身をかがめた。 「ただのジェラシー」 「うそつけ」 そう言ったが、リッチーは少しうれしかった。ホップのにおう口づけにやさしく応えた。 ふたつの色のちがう眼がおだやかに見下ろしている。 「うそじゃない。やつと寝たか」 「寝ないよ」 「どうだか。むこうはよだれ垂らして見てるぜ」 リッチーは声をたてて笑った。 「最初がよくなかった」 すっぱだかで飛び出したところに、車で突っ込んできたのだ。リッチーは思い出して、ふしぎになった。 「あいつ、あの日、ここにいたんだ」 「ここ?」 「この一本向こう」 リッチーは事故について話した。 「あいつ、あんたに会おうとしてたのかな」 「へえ」 ニーヴスの声は無表情だった。「だとしても、言わなかった」 「なんで五十番デクリアの人間があんたに会いにくるんだろう。なんかやった?」 ニーヴスはいぶかしげにリッチーを見つめ、やがてニヤリと唇をつりあげた。 「あちこちで男の子を泣かせた。それでかな」 (あの野郎) ダンテはひっくりかえって、電話を待っていた。ようやく電話が鳴った。 『ダンテ?』 「おかけになった番号は、現在――」 『悪かったって。きみんとこのデクリオンと飯食ってた。パスワードがわかったんだって?』 ダンテは、ああ、と答えて、十桁の暗号を書き取らせた。「ケイマン諸島の口座はダミーだ。もうひとつあるらしい。香港かもしれない。――それと、あそこの隠れ家はもう撤退させる。これ以上は危険だ」 パートナーは彼の仕事をほめ、 『ありがとう。あとはこっちでやるよ。そっちはどうだい』 「まるでダメだよ。リッチーがニーヴスとよりを戻しちゃってさ」 捜査だよ、と相棒は笑った。 捜査のほうもはかばかしくない。ダンテはプレスコットが予告状を隠したということ、コロラドの消印、だれもコロラドにつながる者がいない、と言った。 「いま、部下にアスペンのホテルを全部洗わせてるけど、望みは薄いね。手紙なんか誰かに頼んで投函してもらってもいいわけだしさ。リッチーの望みも薄いし、おれ、もうそっちに帰っていいか」 『ダメだ』 イヴリンがクスクス笑った。 『おれのベッドに負け犬は入れない』 その時、かすかに別の人間の声が聞こえたような気がした。ダンテははっとして、 「おい。そこに誰かいるのか」 『いないよ。――じゃあな。犯人は幽霊なんて書くんじゃないよ』 笑いながら、電話を切ってしまった。 ダンテは何度か、かけなおそうと迷った。 ――たがいに男だしさ。浮気は自由といこう。 結婚する時、イヴリンはそう条件をつけた。ダンテは面食らったが、結婚後、その条件はうまく機能したように見えた。 ダンテは何度か魅力的な若者と出会い、イヴリンはそれに一切、文句を言わなかった。 浮気は自由。だが、ダンテはイヴリンがほかの男と寝ると戸惑う。 電話が鳴った。 「はい。怒りの捜査課」 『あ――、コリンです。あの、アフリカに行くんですか』 「ああ、行くんだ。きみもだよ! 上司といちゃついてないで、スーツケースにパンツをつめたまえ」 |
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