犬狩り 第17話 |
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なんの思慮もいらなかった。ダンテは押し倒し、むしるようによけいなものを剥ぎ取って、その小柄を抱きしめた。 (リッチー) 胴がふるえる思いがした。腕のなかに、熱いからだがあった。すべらかな腕が彼の背に、けなげにつかまっていた。痛いほどの強さだった。 ダンテはいとしさに奥歯を噛みしめた。すでにからだは鉄のように焼き上がっている。 ほとんど前戯もなしに飛び込んでしまった。 (うお) ダンテは甘い電撃に眩んだ。細い腰をつかんだまま、針金に縛られたように動けなくなった。火が脊髄を駆けのぼってくる。 「ツ――」 リッチーが彼の腕を強く掴んでいた。きつく眉をよせ、衝動を逃がすように浅くあえいでいる。 きつく閉じた睫毛の間から、涙があふれ、すべり落ちる。あえぎ、リッチーはかすかにうなずいた。 理性は吹き飛んだ。ダンテは吼え、馬が柵を破って駆け出すように襲った。 遠くでリッチーの悲鳴が聞こえている。押さえつけた手首がもがいている。 肉体と肉体が噛みつきあい、火花を散らしてぶつかりあう。 ダンテは火の玉となって駆けていた。足が浮いていた。背骨を浸す蜜におぼれかけ、前へと急くばかりだった。 「アアッ、はアッ――アアーッ」 リッチーがくるしげにのけぞる。その首が美しかった。すくんだ肩、鋼のような筋肉がしっとりと汗に光っている。 「あ、もう、もう、だめ、くるし、ア――」 もがくように指が腕にからみつく。爪が皮膚を削る。ダンテの肺は燃え上がった。 ダンテは興奮しきっていた。何度射精してもすぐに情欲が湧き起こり、からだが離せなかった。もがく相手をつかみ、憑かれたように走りつづけた。 ダンテは目を開いた。気づくと、リッチーが声を殺して泣いていた。 腕のなかのからだが涙のように冷え、湿っている。ダンテはその冷えを溶かすようにキスした。 「泣くなよ」 ダンテは髪にキスして、その背をなだめた。 「あんな疫病神、くれてやれ」 いやだ、とリッチーは叫んだ。にわかにわっと声をあげて泣いた。子どもがダダをこねるようなはげしさだった。 「だれが、おれと、いてくれる。おれには、だれもいない。もう、だれもいない!」 「おれがいるよ」 ダンテはまたキスした。「おれがいるってば」 だが、リッチーが泣き叫んでいたのは、レフ、という名だった。 「レフ。ああ――レフ、レフ!」 レフと呼びながら、ダンテの腕の中でなじるように泣いた。 ダンテはいささか鼻白んだが、耐えていた。 ミネアポリスのコリン・シェパードと漫画家レフ・フォルトフの恋は有名だった。レフの描いた仔猫のキャラクター『ウェイター・リッチー』の名が世界的に広まったため、ふたりの悲恋もミッレペダの間で伝説になったのである。 「レフが、まだ好きなのか」 ダンテが言うと、リッチーはわれに返ったように黙った。 やがて、大嫌いだ、としわがれ声で言った。 「大嫌いだ。あんなやつ! あいつのせいで、なにもかもめちゃくちゃだ!」 リッチーは鼻をすすった。ちくしょう、とにがにがしくうめく。 「あいつのせいで、いい恥さらしだ。恋猫リッチー! ばか猫リッチー! 男にふられて、ふぬけになって、仕事もできなくなった間抜け。おれを知らないやつでも、ばか猫リッチーは知ってるんだ。もう昇進もできない!」 ダンテは思い出した。 リッチーは降格されたのだ。レフに正体を知られ、リッチーはボストンに異動になった。 新しいデクリアについた途端、兵士の汚職事件がふたつ起きた。デクリオンは管理責任を問われて左遷され、オプティオ(副官)だったリッチーも降格され、調査班に異動になった。 失恋に直接関係のない事件だったが、それが噂に色を添えてしまったらしい。 「会わなきゃよかった」 リッチーはまた泣きくずれた。「あんなやつ、かまわなきゃ――」 髪をかきむしり、うがつように泣く。 ダンテは鍛えられた肩がふるえるのをせつなく見つめた。 小柄なからだはまだ恋をうしなった時のまま、乱気流に揉まれていた。足場を失い、翼をもがれ、暴風のなかで途方にくれている。握ったこぶしがいたいたしく、くだける肩が憐れだった。 ダンテは子どもを抱くように、リッチーのからだを包んだ。 「泣くな。おれがいる。おれが大事にしてやるよ」 泣くな、とそのからだを揺すった。 「セント・ジョンズ・ホスピタル」 ダンテは言い、タクシーに乗り込んだ。 オフィスから連絡があった。モンタンの家令から、 (ご主人様が至急お話ししたいそうです) という伝言があった。 朝、モンタンに電話をすると、「面白い動きがあったんだよ」と思わせぶりに言う。続きは会ってからのお楽しみ、といって明かさなかった。入院生活がヒマらしい。 リッチーは同行しなかった。ダンテの携帯に、体調が悪いので休む、というメッセージがあった。 朝、ダンテが目を醒ました時、リッチーはすでに着替えていた。ひどくバツが悪そうな顔をしていた。 醜態を詫び、ろくに顔も見ず、そそくさと帰った。 (気位が高い) ダンテはニヤニヤした。プライドの高いリッチーが昨日は彼の前で素顔を見せた。仲間の誰でもない、自分を頼ってきたのだ。 (あいつを守ってやらなけりゃ) ダンテは得意に鼻をふくらませた。わが身がひろがるような気分のよさである。 (リッチーは怪我をしている) よく笑い、はずむように元気に見えたが、内面はバランスを欠いている。ガラスの破片が刺さったまま、痛みを誰にも相談できず、押し隠して笑っている。 (おれが必要だ) とおもった。 自分なら彼を幸せにしてやれる、と気を大きくした。 (あのコはおれのものだ) ヤニさがっていると、運転手がぶっきらぼうに到着を告げた。タクシーは病院のポーチについていた。 妙にひとが多い。ダンテはパトカーが何台も停まっているのに気づき、おどろいた。院内も騒然としている。 「殺しだそうだ」 患者のひとりが興奮して教えた。 ダンテはあわてて携帯電話を取り出し、メッセージに気づいた。ボストン・オフィスから、 ――モンタンが殺された。 というメッセージが入っていた。 |
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