犬狩り 第18話 |
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モンタンはトイレで射殺されていた。 死骸は全裸だった。タイルの上に、白くふくれたからだが力なくうつぶせている。首の根は赤く濡れ、セリエの時と同じくガウンの紐が巻かれていた。 「トイレには清掃中の札が出ていたそうです」 アシュベリー市警察の若い警官がダンテに教えた。 「発見されたのは十一時五分。発見したのは前立腺病みの患者で、ガマンできず清掃中の札を無視して入ったらしいです。ビックリして小便の出がよくなっちまったそうですよ」 ダンテは鼻息をついた。 「銃声が聞こえなかったのか」 「今調べていますが、この付近の病室には聞こえてないようです」 「院内にカメラはどれくらい」 「正面玄関にひとつあるだけです」 撮影がおわり、死体が搬送される段になって、ようやくリッチーが駆けつけてきた。 「すみません。携帯切ってて」 ダンテは責めず、あごをしゃくった。 トイレの壁に血文字が塗りたくられている。『イスマエル』のサインだった。 リッチーは眉をしかめた。その字は木のはらにつけられた傷と似ていた。 「――やられましたね」 「ああ、おれは負け犬さ」 さきの若い警官がダンテを呼ぶ。その傍らに恰幅のいいダークスーツの男が立っていた。柄はでかいが、表情はうちしおれている。 いつか見たモンタンのボディガードだった。 (負け犬がここにもいた) ダンテはボディガードに状況をたずねた。男は目を落して、 「わたしは病室を調べていたのです。朝、モンタン氏の散歩に付き添って戻った時、ドアに張り紙が貼ってあったので」 これです、と警官がビニール袋に入った紙を渡した。メッセージはペンで書かれていた。 『なかに蛇がいるようです。ご注意ください』 ボディガードは言った。 「看護師に聞いたら、イタズラだろうと言うことだったのですが、たしかに物音がしたんです。モンタン氏が気味悪がって、わたしに調べるよう命じたので」 彼が家具やマットレスを調べている間、モンタンは部屋の外で待っていた。 待っていたはずだったが、ボディガードが調べ終わって出た時にはいなかった。 「また一階で男の子としゃべっているんだろうと、探しに行ったんですが」 彼は清掃中の札を見て、トイレを素通りしてしまった。 モンタンが病室の外に出ていたのは、およそ、十時半ぐらいから。十時半から十一時のおよそ三十分の間に、モンタンは後頭部を撃ち抜かれ、全裸に剥かれた。 ダンテは最後に聞いた。 「病室に蛇はいたんですか」 いいえ、とボディガードは消え入るような声で言った。 「音はネズミでした」 病棟には出入り口が多かった。 ひとが多く往来した。医師などのスタッフ。患者。その家族。 そのなかに混じって入り、混じって出て行くことは難しくない。 (なんて逃げやすい) 市警察が聞き込みをはじめていたが、ダンテは悲観した。 患者ならまだいい。だが、白衣を着ていたら、人々は気にもとめないだろう。 非常線のテープをまたぎ越し、野次馬の間をすり抜ける。記者がむらがり、マイクをつきだして騒いでいたが、無視してエレベーターに乗った。 ドアが締まる直前、リッチーの小柄がするりと飛び込んだ。 「どこへ行きます?」 「きみの部屋」 「ふざけないで。今日はモンタン氏とアポイントがあったんですよね」 「そう。やつはおれに何か打ち明けるつもりだった。真相を明かそうとした。来てのお楽しみなんて期待させやがって、来て見たら、このザマだ。どうしたらいいんだ」 長い腕でリッチーを巻き取るように抱きすくめた。リッチーがわめき、顎をひきはがすが、ダンテは腕を離さずにいた。 「キス。一回だけ」 「やめてくださいよ。仕事中に」 「落ち込んでるんだ。おれがウツ病になってもいいのか」 腕をつかみ、なしくずしにその唇をむさぼる。リッチーはあきらめたように応じたが、エレベーターが停まってもダンテが離さずにいると暴れた。 「ンンッ! ンーッ!」 リッチーが足で脛を蹴っていた。ダンテはひらきかけた扉を閉じようとして、そこに立っている男に気づいた。 ダンテは目を瞠った。 アイス・ブルーの目がきょとんとふたりを見つめている。プレスコットの息子トリスタンがそこにいた。 ダンテはリッチーの手をつかんでいることも忘れ、あ然と聞いた。 「ここへなにしに」 「モンタン氏に会いに来たのです」 トリスタンもやや気後れしたように言った。 「彼と今日、会う約束をしたので」 |
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