犬狩り  第19話


 モンタンの死を知り、トリスタンはうすく息を吐いた。窓のそとに目をやり、言葉もなくあごをさすっている

 ダンテははやる気持ちを押さえ、相手を観察した。

(こいつなのか。これがモンタンの言っていたニュースなのか)

 トリスタンは腑に落ちないような顔で言った。

「昨夜、彼に相談をもちかけたのです」

「相談? なにをです」

「猟園の閉鎖のことです。モンタン氏にお願いしたのです。父では話になりませんから」

 トリスタンは父親を見切り、パートナーのモンタンに訴えていた。
 モンタンとは面識がなかったが、彼が政界に広く力を持っていることは知っていた。モンタンが抜ければ、ゲームの事業化も頓挫すると思ったという。

「会ってお話したいというと、彼は同意してくれました。明日の午後一時に来てほしいとおっしゃいました」

 トリスタンは昨夜のうちに自家用ヘリで移動し、午前中、母親の家に寄ってから病院へ来た。

「午前十時半から十一時の間は?」

「スタンフォードの母の館にいました」

「それを証明してくれる人は?」

「母とメイドがいます」

 それを聞き、リッチーがさりげなくふたりの傍を離れた。
 ダンテは、ところで、――とたずねた。

「この間、イスマエルを知らないと言ったのはなぜです。ビンゴの話では、あなたがたふたりは、たいそう仲良しだったらしいじゃないですか」

 ダンテはそっとトリスタンの表情を見守った。だが、若い男は悪びれる風もなく、

「あの時、言うわけにはいかなかったんです。うしろで父が聞いていましたから」

「恋人を殺されて、あなたは腹をたてているんじゃないですか」

「もちろんです。だが、腹をたてたからといって、すぐ殺しを計画するとは限らないでしょう。ぼくはあの時、サンノゼにいましたよ」

 アイスブルーの目は淡々としている。

(自信があるということか)

 だが、ダンテはその自信が無実ゆえかはかりかねた。

「モンタン氏に――猟園の閉鎖のほかに何か話したことはありますか」

「いいえ」

 じつは、とダンテは切り出した。

「わたしは十二時にモンタン氏に呼ばれたのですよ。なにか発見したことがありそうだったのですが、これはなんだったんでしょうな」

「さあ、わたしには」

「モンタン氏は昨夜、なにか手がかりをつかんだ様子だったんです。あなたと話して、なにかインスピレーションを得たのでは?」

 なにか、特別なことを打ち明けませんでしたか、と覗き込んだ。
 アイス・ブルーの目がしずかにダンテを見返した。

「わかりません。わたしが話したのは猟園のことだけです」




 玄関ロビーをさまざまな人間がくぐってくる。
 松葉杖をついた者。医者。宅配便。車椅子の者。やはり老人が多い。

 ダンテはモニターがぼやけてくるのを感じて、目をしばたいた。眠くなっていた。
 セント・ジョンズ・ホスピタルの正面玄関カメラのテープを再生していた。病人の出入りばかり数時間見ている。

「代わりましょう」

 リッチーが傍らに来て、コーヒーを置いた。どくように背をうながしたが、ダンテは断った。熱いコーヒーをとり、

「いいよ。きみの知らんやつが映っているかもしれん。おれは記憶力はいいのさ」

「そうみたいですね」

 リッチーは隣に座って、自分もコーヒーを飲んだ。

 リッチーはトリスタンのアリバイを確めに出ていた。トリスタンは犯行時刻、母親の館にいた。母親、メイドの証言だけでなく、門のカメラに映っていた。
 トリスタンがなぜタイミングよく病院に現れたのかは謎だったが、トリスタン本人に殺しはできない。

 病棟の聞き込みでも、手がかりになる目撃証言は出ていない。銃声さえ聞かれていなかった。

「めずらしい男ですね。銃を変えるなんて」

「45口径ぶっぱなしゃ、サイレンサーつけても音は消えないからな」

 モンタンの後頭部に撃ち込まれたのは、22LRという小さい銃弾だった。
 犯人は、銃声を消すために、口径の小さい銃に変えていた。亜音速の銃弾であれば、サイレンサーは爆発音をほぼ吸収する。

 ダンテはしかたなく地道に正面玄関の映像をチェックしていた。
 とはいえ、病院の出入り口は通用口も含めれば、十以上ある。犯人がカメラのある正面玄関を使った可能性は低い。作業は気休めに近かった。

「帰っていいぜ。具合よくないんだろ」

「ズルやすみです」

 リッチーはあっさり白状した。「ちょっと、滅入っていたものですから。――でも、それどころじゃなくなっちまいました」

 ダンテもぼんやりモニターをながめた。
 犠牲者が増え、気分が暗かった。こうした経験ははじめてではないが、平気になれるものではない。

「トリスタンには見張りをつけたんでしょ」

「ああ。でも、あいつは実行犯じゃない。見張ったってなんにも出やしないよ」

「ブルーノさん」

 リッチーが笑った。「ホントにへこたれてますね」

「うん。元気つけてくれ」

 ダンテは椅子ごとリッチーを引き寄せた。目をつぶって唇をつきだす。
 リッチーのあたたかな唇がかるく触れた。だが、ダンテが腕をまわし、その尻をなでると、リッチーはすぐに笑って彼の胸を押し戻した。

「リッチー」

「だめ、だめ。――今度、おれの家に招待しますよ。うまいもの作ってあげます」

 リッチーは出て行った。

 デートのプレゼントは、ダンテをがぜん元気にした。目はすっきりと醒め、胸に力が入る。唇に笑いさえ浮かべて、モニターに見入った。
 その途端、彼は目を剥いた。

(ええ?)

 モニターにサムソンのように大きな女が映っていた。




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