犬狩り  第24話

 ダンテはさわいだ。

「絵が見えた! 秘書のヘイスティングズだ! あいつは未亡人と結婚する気なんだ。結婚して、セリエの遺産を横取りする気だったんだよ!」

 リッチーは耳をふさぎながら携帯電話をかけている。

「フランスですか――。セリエ夫人もごいっしょですか? わかりました。あ、あとひとつ」

「かましやがって! ガキがいるって、てめえのガキじゃねえか。もしかすると、そのことをセリエに知られたのかもしれんな。それでこんな凝った事件を創作しやがったんだ」

 この灰色の脳細胞をあざむけると思ったか、と機関車のように鼻息を荒くする。
 電話を閉じたリッチーが、ヘイスティングズの留守を知らせた。

「帰りは明後日だそうです」

「いつから行ってたって?」

「昨日からだそうです」

「モンタンを殺って高飛びしたか。でもイスマエルのしわざに見せかけるなら、あと、プレスコットが残ってるからな。帰ってきたやつを捕獲すれば解決だ――」

 あの、とリッチーが口をはさんだ。

「最初のアリバイはどうします。甥のローリーがいっしょにチェスをしていたというのは」




「ヘイスティングズは本当にあの部屋にいたのか? 少し席をはずしたんじゃないのか? トイレにたったとか。下にコーヒーを頼んでくるとかなんとか」

 しつけえなあ、とモンタンの甥ローリーはにがい声を出した。

「いたって言ってんだろ。ゲームは三時間やそこらなんだ。あっというまに過ぎちまうよ」

 ローリーは面倒くさそうに額をこすり、あくびをした。

 叔父の葬儀を終えたばかりである。相続手続きの混乱の間にヴィラの追求を受け、若い男はひどく迷惑がった。
 長い手足をのばし、だらしなくソファにもたれている。

 安っぽいチンピラを装っていた。ピアスをつけ、脱色した髪をミュージシャンのように長くのばし、うしろでひっつめている。シャツの襟元からは、わざと胸毛を見せつけていた。

「そろそろいいかい。昨日、寝てないんで頭が痛えんだよ」

 胸をかきながら、横をむいて大あくびをする。
 ダンテは甘ったれたわがまま小僧を脅すことにした。

「さっきから、目を合わせないのは何か隠してるからじゃないのか」

 ローリーがぎくりとダンテを見る。その目が神経質にしばたいた。

「――おまえ、知ってたんじゃないのか。ヘイスティングズが叔父さんを殺したのを」

 ローリーは指で鼻をかき、笑おうとした。

「あんた、ばっかじゃねえの」

 リッチー、とダンテは聞いた。

「こいつ、いま、何回鼻に触った」

「九回です」

 リッチーもぶっきらぼうに答えた。
 ローリーがあわてる。

「おい。なに勘繰ってやがんだよ。おれはセリエさんが死んだ時はヘイスティングズといたし、叔父貴が殺された時、ブタ箱に入ってたんだぜ」

「おまえは小遣いに困っていた。カジノで羽目をはずしすぎて、借金がかさんでた。裏社会とつきあって、ベガスじゃいい顔のつもりだったんだろうが、やつらにとっちゃおまえはいいカモなんだよ。いやいや叔父さんの手伝いをしていたのも、小金を稼ぎたかったからだろうが」

 すごまれて、ローリーはにわかに顔色をうしなった。

「だ、だからどうしたってんだ。おれは殺しとは関係ねえ」

 目が大きく見開き、声がうろたえる。

「おれはあいつらをひとりだって殺しちゃいないんだ。カジノで損をしたって罪にゃならねえだろう」

「ところがそいつはりっぱな動機になるのさ」

 ダンテはギャングのボスのように眉をつりあげ、

「おまえは金がいる。裏社会の連中はきびしくとりたててくる。硫酸の風呂で溶かされるかもしれない。叔父さんを亡き者にしたら、遺産は入るよなあ」

 ばかいうな、とローリーはわめいた。

「おれが殺したってのか。野郎、令状もねえくせに、名誉毀損で訴えるぞ」

「忘れるな。おれは警官じゃない」

 ダンテは上着をつかみ、ちらりと武器を見せた。

「おまえがヴィラ・カプリの敵なら、報復する。裁判はない。おれが捜査官であり、裁判官であり、死刑執行人だ」

 ローリーは蒼ざめて目を泳がせた。もうふてくされた態度をとることができなかった。膝がこまかく震えかけている。

 その目がちらと動いた時、リッチーが移動した。ローリーは飛び出した途端、リッチーに前をふさがれた。

「どちらへ」

 ローリーがリッチーを押しのけ、駆け出そうとする。だが、その腕は簡単に掴まれ、背にねじりあげられた。

「ぎっ」

 ローリーは悲鳴をあげた。

「やめろ! やめてくれ! 人殺し!」

「おまえが人殺しかどうか聞いてんだ」

 ダンテは凄みをきかせた。「リッチー。まず腕から折ってやんな」

「やめてくれ!」

 ローリーは長いからだを海老反りにそらせてわめいた。獣じみた悲鳴があがる。

「あ」

 リッチーは力を抜いた。ローリーの靴から水があふれ出ていた。ズボンの色がみるみる変わっていく。
 絨毯の黒いシミの上で、ローリーはヒイヒイ泣いた。

「ヘイスティングズが、ふたりでチェスをしていたことにしようって言ったんだ。面倒なことになるからって。ホントは、おれは寝てたんだ。あいつはなんか書類を作ってて。でも、ホントにふたりとも殺しちゃいねえよ!」
 



 リッチーはひさびさに自分のアパートに帰った。
 ひどく疲れていた。シャワーを浴びながら、意識が遠くなりかけた。

(もうすぐ終わる)

 リッチーは湯の飛沫の下で、目を閉じた。明日は犬狩り班を出し、ヘイスティングズを捕える。事件はケリがつきそうだった。

(ブルーノが来て危なかった)

 飛沫のなかで半分眠りながら思った。

(だが、うまく逃げられそうだ。よかった。レフのためにも――)

 裸のままバスルームを出て、寝室に向かった時、リッチーは異変に気づいて飛び上がった。

「よう」

 黒い影がベッドの上に座っていた。ニーヴスだった。


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