犬狩り 第25話 |
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リッチーはうろたえ、後じさった。バスタオル一枚つけていない。 「な、何やってんだ」 あわててまわりを見回す。着るものはすべて、ベッドルームのクローゼットにあった。 「話があるのさ。ちょっと来いよ」 「いやだ!」 思わず声が高くなった。近づけば引き倒されて、いいようにされてしまう。二度とこの男と寝るつもりはなかった。 だいたい、この男はどの面さげてまたここへ現れたのだろうか。 「そういわず、来いよ。面白いものを見せてやるからさ」 ニーヴスがゆらりと立ち上がる。 リッチーは慌てた。組み合えば、負ける。だが、二度といいようにされるつもりはない。 「帰ってくれ」 リッチーは後じさって、言った。 「あんたはマービンを選んだ。おれはそれでいい。おれはもうあんたにはまとわりつかないよ。別の男とつきあってるんだ。だから、放っておいてくれ」 「レフ・フォルトフか」 ニーヴスは知っていた。つけていたのか、とリッチーは不安になった。 「あんた、いったい――」 「あのダンテ・ブルーノって野郎はこまったやつでね」 ニーヴスは近づきながら、言った。 「事件を調べるふりして、ちょろちょろこちらを嗅ぎまわってる。お早くお帰り願うために、おれもこの事件を調べてたのさ。思わぬことがわかったぜ」 リッチー、とニーヴスの影がわらった。 「おまえが殺したんだよ。セリエも。モンタンも」 リッチーはうっすらと口を開いた。 「……なに言ってんだ」 「面白いものを見せてやる」 胸からなにかを取り出し、スタンドの明かりをつけてかざした。ビニール袋に入った写真の絵が見えた時、リッチーは殴られたような衝撃を受けた。 思わず手が出ていた。 「おっと」 つかみかかった手首を取られた。 「触るな。指紋をつけられちゃこまる」 「ニーヴス。それは――」 「こいつは、とある奥さんのとこから失敬してきたものさ。その奥さんはつましい暮らしをしていたが、最近みょうに金回りがよくなったらしくて、ふしぎになってな。見ろよ。かわいい双子の赤ちゃんだ。目元はパパそっくりだろ」 「ニーヴス」 「コリン。言えよ。どういうことだ。いいわけしてみろよ。え?」 手首をつかまれたまま、リッチーはうなだれた。 (終わった――) 血が下がり、ひざから力が抜けた。リッチーは自分が敗北したのだと知った。蒸発するように景色が消え、死が口をあけて待っていた。 「かわいい顔して、たいしたタマだぜ」 ニーヴスがぐいと引き上げ、無理やり口づける。なまぐさい舌が荒々しく動いた。リッチーは呼吸をふさがれ、窒息しかけてもがいた。 「やめろ」 だが、ニーヴスは彼を壁に押しつけ、その膝を足の間に割り入れた。強引に唇を奪う。 「い、や、ニーヴ――」 「おれの機嫌をとれよ。仔猫ちゃん」 ニーヴスの声が冷たくなった。「自分のしていることがなんだかわかってるのか。おまえは銃殺される。いや、その前にアフリカでトルソーになるかもな。元ミッレペダのトルソーだ。話題になることだろうぜ」 口づけられ、揉み潰すようにからだを擦り付けられる。ズボンごしにニーヴスの昂ぶった熱を感じて、リッチーはハッとした。 (冗談じゃない――!) リッチーは男を突き飛ばした。 お願いだ、と喘ぐように言った。 「おれは死ぬのはかまわない。大罪だ。死ぬ覚悟でやったんだ。でも、少しだけ猶予をくれ。事情が変わったんだ」 リッチーは必死に訴えた。 「レフがガンだ。治療を受けるんだ。助かるかもしれない。それまで、そばについててやらなきゃならないんだ。約束なんだ」 「へえ」 スタンドの明りがニーヴスの輪郭を照らした。わらったような顎の線の内側に、一瞬、まがまがしい表情がうつった。悪鬼のように下の歯を剥き、ブルーとグリーンの目に奇妙な火が燃えていた。 リッチーはたじろいだ。 いきなりビンタが飛んだ。薙ぎ倒され、よろけかかる。 「ケツを出せよ」 しわがれた声が言った。「お願いしてるんだろ。犬みたいにケツをあげて、開いてみせな」 端整なニーヴスの顔が青白くばけものじみて見えた。リッチーはおびえた。 「ニーヴス。もう、いやだ……」 「聞こえないのか」 ニーヴスがいきなり咽喉をつかみ、腹を殴りつけた。リッチーが身を庇う隙も与えず、つづけざまに殴り、蹴り、床に転がした。腕をうしろにひねり、手錠をかける。 「ニー……」 リッチーが狼狽して身をひねった。「やめろ! あんたとは」 だが、ニーヴスはリッチーの頭をおしやり、腰をつかみあげた。はだかの尻を宙吊りにする。 「放せ!」 リッチーは足を蹴り上げた。強い指が尻たぶをつかんでいる。肉をむしるようだった。肛門が閉じられぬほどに開かれ、リッチーは狼狽した。 「やめてくれ。やめて」 ニーヴスはものも言わず、するどく犯した。 粘膜が切り裂かれる。かわいたペニスに身を破られ、リッチーは絶叫した。 ニーヴスは鉄槌で砕くように彼のからだを裂いた。痛みにのたうつ腰を掴み、呪詛を叩き込む。 やめてくれ、とリッチーは悲鳴をあげた。 肛門から血か精液かわからないものがあふれていた。なかば吊られ、鉤爪のような手につかまれ、リッチーは揺すられるごとに頭を床にぶつけた。 (こんな男だったのか) 尻を抱え込んでいる男が恐ろしかった。 ニーヴスにレイプ同然に抱かれたことは何度もあった。だが、どんな時もこの男なりの軽さがあった。 いまは変化してしまっている。なまの感情そのものが犯している。その冷たさにリッチーは戦慄した。 「黙ってやっててもいいぜ」 ニーヴスは腰を打ちつけ、わらった。「おれもかわいいおまえに死んでほしくない。おまえは生きなきゃならない。死にかけのレフのために。――黙ってやっててもいい。おまえがいい子なら」 いい子ならな、と殴打するようにペニスを叩きこんだ。 毛布の上で、リッチーは倒れ、疼く頭を抱えた。 手錠の感触がまだ腕に残っている。下肢は血の袋のように重い。脈打つごとに傷が燃え、内腿を血と精液がつたい流れていた。 だが、精神はべつの衝撃に打ちのめされていた。 ――金でいいよ。 ニーヴスはさんざん犯した後、それまでの狂騒を洗い流したように言った。 『おれはおまえがどんな男か知ってる。思いつめたら、何しでかすかわからんやつだ。刺されてもこまる』 ニーヴスは五千万ドル要求してきた。 リッチーにはそんな大金はなかった。そう言ったが、ニーヴスは冷笑した。 『――おまえの友だちは金持ちじゃないか』 おまえのためなら、全財産投げ打っても払うだろうぜ、と言い捨て、去った。 リッチーはいっそ死のうか、とおもった。 レフに払わせるなど、考えられなかった。レフには関係ない。あの男には、治療に専念してもらわなければならない。 だが、リッチーが死ねば、レフはやはり生きようとしなくなるだろう。せっかくふんばりかけた足をあげて、死へと転げ落ちてしまうだろう。 リッチーは炎に包まれたように身悶えた。 (ふたりとも死ぬか、ふたりとも生きるかだ――) |
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