犬狩り 第27話 |
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ニーヴスは小切手を見て、眉をひそめた。 「コリン。これはおまえの命の値段にしては安すぎないか」 「これで全部なんだ」 リッチーはかたい声で言った。「おれの全財産だ」 ニーヴスはテーブルにともっているキャンドルに、小切手をかざした。小切手は瞬く間に明るく燃え上がり、灰となって皿に落ちた。 「ゼロが足りん。五千万ドルにしてくれ」 ニーヴスは給仕を呼び、皿を下げさせると、「フォルトフに出させろ。あいつには痛くも痒くもない額だ」 「レフは関係ない!」 リッチーは険しく睨んだ。 「いい気になるなよ。ニーヴス。おれのことを告発したら、あんたが下部組織の連中と組んで、会員の口座に手をつけたことも公にしてやる」 うすいブルーとグリーンの眼が見返した。 「なんだと」 「ブルーノが調べているのはそれなんだろ。彼のパートナー、イヴリン・フィッツジェラルドは監査の人間だ。あんたはマークされてる」 リッチーはきびしく言った。 「あんたは監査を黙らせるために金がいる。おれが渡せるのはこれだけだ。あとは自分でなんとかしろ。これで手を引かないなら、おれは処刑される前に全部ぶちまける」 ニーヴスがうすく口を開け、リッチーを見つめた。その眉がおかしそうに下がった。 「調べたのか」 「おれにだって友達はいる。おれをなめるな」 ニーヴスは声をたてて笑った。 「わかったよ」 彼は言った。「降参だ。そのかわり、今夜はおれの家に寄れよ。最後の」 「冗談じゃない」 リッチーは冷たく言った。 「あんたとはこれきりだ。吸血鬼」 (あきらめるなんてことが、あるだろうか) レフの隣でテレビを見ながら、リッチーは考えこんでいた。 ニーヴスはあまりにあっさり引き下がった。五百万では意味がないと、小切手を受け取らなかった。 (あの男は利口だ) リッチーは警戒した。利口ゆえ、危ない脅迫をあきらめたのか。利口ゆえ、別の手立てを考えたのか。 不気味だったが、いずれにせよ、あれから三日、何も言ってこない。オフィスでもいつもと変わりなかった。 「リッチー。どうした」 テレビの漫談に笑っていたレフがふりむいた。 「眠い?」 「おれ、前これ見たから」 「じゃ、別の見るか?」 気にしないでいい、とその肩によりかかった。 レフが笑っていると、少しは気が休まる。病気が少しよくなっているような気がして、希望がもてた。 ほんの少し、レフの顔色がよくなったような気がしていた。レフもそう言った。 ――きみが来てから、すこし体重が増えた。咳も減った。 本当かどうかわからなかったが、リッチーはうれしかった。 レフにもたれ、リッチーは目をとじた。いつしかテレビの音が聞こえなくなり、心地よいぬくもりに浸っていた。 腹が温かい。この頃はリッチーにもなついた仔猫が腹の上で寝ていた。 レフがリッチーの腹の上から、シイ、と言って仔猫を持ち上げる気配がした。 ――だめだよ。ベイビー。おまえはもう重いんだから。お父さんとこにおいで。 リッチーは笑いたいのをこらえて目をつぶっていた。 あたたかい毛布がからだの上にかけられる。額に唇がかるく触れた。 かすれた声がしずかに言った。 ――リッチー。愛してるよ。あのへんな目の男のことは、おれにまかせておけ。 ダンテは資料室で、病院のテープを繰り返し見ていた。 行き交う人間の映像を見ながら、頭はぼんやりこれまでの情報を組み合わせている。何度合わせても一枚の絵にはならない。 (もう本気で帰りたい) ダンテは目をしばたかせ、巻き戻しボタンを押した。 「ブルーノさん」 リッチーが部屋にすべりこんで来た。隣に座る。「なにか手がかりがありましたか」 「なにも」 ダンテはしょぼついた目をこすって言った。 「尻尾巻いて帰るとこ。交替にはもっとマシな男をよこすよ。なかよくやってくれ」 さびしいですね、とリッチーが笑った。 「今日、うちへ来ませんか。飯喰いに」 ダンテはおどろいた。 「え、なん――いいのか?」 「飯、ですよ」 リッチーは笑った。すぐにまじめな顔をつくろい、 「――相談があるんです。レフじゃ話せない」 |
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