犬狩り 第28話 |
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ダンテはいっぺんに浮かれた。 (なんだ。どうした、この風の吹き回しは。さてはレフのやつ、調子にのって浮気でもしたか――) 一も二もなく招待に応じ、テープを片づけた。 まだそれほど遅くはなかったが、ふたりはオフィスを出た。地下鉄でブルックラインにあるリッチーのアパートに向かう。 彼の自宅へ来たのは二度目だった。前回はレフとの再会のために、デートはめちゃくちゃになってしまった。 「ちゃんと食わせろよ」 エレベーターのなかで、ダンテはからかった。「この間みたいに、やっぱり帰って、なんて追い返したら、告訴するぞ」 リッチーは笑って拳で小突いた。 (おいおい。いいのか) ダンテは早くも好き心がきざすのを感じた。リッチーの首がひどくにおやかだった。いつもさりげなく距離をとるのに、今日は無防備なほど近い。ダンテは舞い上がった。 食事の間も愉快に過ごした。リッチーの中華は見事だった。 「こんなうまいものを」 ダンテはお世辞でなく唸った。 (あいつはいつも食べているのか) 恋敵が面憎くなる。 「おれの両親はレストランで働いていたんですよ」 リッチーがめずらしく身の上について話した。 「親父がウェイターで、おふくろがコック。おれは小さい頃、レストランでうろちょろしていたんです。だから料理が好きなのかな」 「親父さんはきみみたいなハンサムだったの?」 「すごいデブでした」 リッチーは笑った。「陽気なデブ。客からクレームが来ると、歌いだすんです。みんな笑っちゃって。それで切り抜けてた。おふくろが小さかったんです。親父の肘に乗るぐらい小さかった」 「ご両親は――」 「死にました」 あとは言わなかった。 睫毛の先に憂いが落ちる。ダンテはその肩を抱きしめたくなり、こらえ、せわしなく食べものをつめこんだ。 (知らんぞ。そんな顔して。本当に知らんぞ) リビングに移動すると、さらにふたりの位置は近くなった。ソファの隣に座り、リッチーは酒を作った。 「こわいんです。レフがやさしくなっちまって」 グラスを差し出しながら、 「前はひどい偏屈で。短気だった。――いまはほとんど怒らないんです。聖人みたいにものわかりがよくなっちゃって――もう、この世から離れる準備してるみたいだ」 そっと顔をそむける。ダンテはそのうなじを見て、からだが浮きかかるのを感じた。咽喉がひどく渇く。あわてて酒を飲んだが、いよいよ渇いた。 「そら、金が出来たからじゃないのか。よく言うだろ、金持ちは収穫にアザミがまざってても怒らないって」 「でも」 ふりかえったリッチーの目が疲れていた。 「スケッチブックに漫画があったんです。ウェイター・リッチーの。――漫画に、レフって野良犬がいて、その犬の背中に羽が生えてんですよ」 もう、天使になっちまった、とよわよわしく笑った。 (もういかん) ダンテは放るようにグラスを置いた。おもむろにリッチーを強く抱きしめ、口をよせた。 「ア」 リッチーがあわててもがく。「コラ――飯だけだって、言ったろ」 「バカいえ」 ダンテは押し倒し、跳ねる手足を体重で抑えこみながら、 「忘れろ。今夜だけ忘れろ。きみは悩みすぎだ。おかしくなっちまうよ。今夜だけ、おれに預けて全部忘れるんだ」 リッチーの腕が弱くなった。 「ブルーノさん……」 首にリッチーの腕がからまる。ダンテはそのやわらかい唇を吸った。舌をほおばり、引き締まったからだを抱きしめた。 「水飲みますか」 ダンテが夢見心地で待っていると、リッチーがキッチンから戻ってきた。開いた窓の外から小さく、耳慣れた音楽が聞こえる。ダンテがはっと腕時計を見ると、 (八時か。イヴに電話すんの忘れたな) やさしい唇がふれ、口にわずかな水が流しこまれた。舌が甘い。 (ま、いいか) 「もっと」 「あとはご自分で」 リッチーはグラスを差し出した。ダンテはグラスをとり、水を飲んだ。さっきの酒が少しのこっているようだった。 すぐ目の前にリッチーの引き締まった裸がある。グラスを返すと、ダンテはまたその腰を抱き寄せた。 「あ、――」 リッチーは腕のなかに引き込まれてクスクス笑った。 「もう――。相談にのってくれてありがとう。もういいって」 「本当かい」 ダンテはリッチーの上にからだを重ね合わせた。小柄だが、華奢ではない。小動物のようにイキのいい弾むからだだった。ダンテは硬い胸筋の上に小さく突き立った乳首にキスした。 「ん」 リッチーが眉をひそめる。ダンテの顎をおさえ、股を閉じた。 「もう、おしまい。おれ死ぬよ」 ダンテは含み笑って手を下腹に這わせ、閉じた股間に差し込んだ。ぬめりの残るアナルに指をもぐりこませると、リッチーは恥ずかしそうに腕をおさえた。 「ブルーノさん――」 だが、その手が弱い。指を足し、熱い粘液をこねつづけると、リッチーは悩ましげに眉をしかめた。 「だめ……だって。おれ、そんな、スタミナないから」 「足を開いて」 リッチーは首をわずかに振った。 「開いて」 だが、なおもアナルを責め続けると、リッチーは泣くように鼻を鳴らした。ペニスはすでに熱い。ダンテの腹を押しあげている。 「んふ、ア、……は、ハア――」 きつく眉をしかめ、愛撫にあえぐ顔が熟れた果実のようになまめかしい。腕をつかむ指がしぼるように強くなり、ダンテは鼻息を荒くした。 (ちくしょう。たまらん) 肌を合わせているだけで、腹の底から力が漲ってくる。翼が生えたように胸が開き、雄々しい気分が充溢した。 「アア」 リッチーは身をよじって悲鳴をあげた。 「もう。ブルーノさん! もうわかった、来て!」 せつない嬌声にダンテは我を忘れ、躍り込んだ。 (――ッ) えもいわれぬ感覚が腰を揺さぶる。すでに何度も抱いた後だったが、リッチーの熱い肉はよくダンテのペニスにからみついた。唇のように絞りあげ、舌のように嬲り、飲み込み、吸いつく。 「ブルーノさ……すごい」 リッチーがあえぎ、恍惚と微笑った。 頭から熱い蒸気がたつ思いだった。ダンテは追われるように駆けた。 (リッチー。好きだ。ちくしょう。本当に好きだぜ) 大きな快楽の海にふたりで揺れていた。あえぎ、叫び、波を叩いて跳ねた。汗ばんだリッチーの首が光る。長い睫毛から涙が飛び散る。 「ブルーノさん。アアッ、アーッ!」 (リッチー! おれのリッチー) ダンテはリッチーを腕に抱え、いつのまにか眠っていた。目を醒ました時はすでに日が高かった。 携帯電話が鳴っていた。自分の携帯電話だな、とぼんやり思う。腕の下で、リッチーが寝息をたてていた。 ダンテはよろめきながら、ベッドをおりた。リビングまで這うようにして歩き、服をさぐる。 電話をとりながら、ベッドルームを見て、ニヤリとした。 (昨日は大騒ぎだったな) リッチーはくたびれはてて寝こけていた。毛布からはずれた太ももに白い朝日が落ちている。 「――おう。パットか。おはよう」 ニュースを聞き、ダンテははっきりと目を醒ました。すぐ行くと言って、電話を切る。 リッチーを揺さぶり起こした。 「――ん、何時ですか」 「十時半。すぐ服を着て。ニーヴスが死体で発見された」 リッチーの黒い目が一瞬、大きくなった。 |
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