犬狩り  第30話

 ダンテはマービン・チャンのオフィスをたずねた。

 マービンのオフィスは彩りにぎやかだった。
 目につくのはお菓子の多さである。ファイルの前にところ狭しと、カラフルなキャンディーボックスが並んでいる。

「禁煙中」

 マービンはダンテの問いに先回りして言った。そう言った口にもイチゴの人工香料がにおっている。
 
(子どもっぽいやつなのかな)

 ダンテは若者のすべらかな顔を見つめた。切れ長の美しい黒い目をしていたが、ひたいの皮膚が薄く、癇が強そうな感じがする。墓地での騒ぎも、ただの子どもっぽいヒステリーなのかもしれない。
 ダンテは勝手にキャンディーを一個つまみ、用件を言った。

「サム・ニーヴスのことを知りたいんだ」

 マービンはすねたように口をとがらせた。

「あれは、勘違いだよ」

「なにが」

「――コリンがサムを殺ったってのは。あいつはあんたといたんだろう?」

「そうだ。だが、そのことは置いといて、コリン・シェパードがサム・ニーヴスの口を封じたっていうのは、どういうことだ」

 マービンは警戒した。

「あんた、猟園の事件のことを調べているんじゃなかったの?」

「ニーヴスの遺体発見現場にイスマエルのサインがあった。無関係とはいえない」

 これは関係ないと思うよ、とマービンは言い、おしえた。

「サムは金が入るって言ってた。もうすぐ大金が入るって。――誰か金づるが見つかったみたいな口ぶりだった」

「誰が」

「――それは言ってない」

「じゃ、なんでリッチーなんだ」

「あいつぐらいしか思いつかない。あいつ、最近、様子がおかしかったんだ」

「おかしいとは」

「はっきりいえないけど、なんか、またサムとよりを戻したみたいな――。伝説のレフと再会したはずなのに」

「それだけ?」

 マービンは肩をすくめ、

「だから、勘違いだって。ただ、ふたりが事件の少し前に、レストランで会ってたのは事実だよ」

 ダンテはいぶかった。

「ニーヴスはいくら入るって言ってた」

「五千万ドル」




(でも、リッチーはおれといたぞ)

 ベッドにあおむき、ダンテは考えこんだ。奇怪な情報だった。
 五千万ドルは大きすぎる金額である。リッチーがこれまでの給料を全部貯めていたとしても、払える金ではない。

 たしかに、とダンテは不安になった。

(たしかにあの日、あいつはおかしかったな)

 ダンテはデートに誘われた時のかすかな違和感を思い出した。
 リッチーは自分から誘った。誘われたように見せたが、たしかに自分から身を投げ出してきたのだ。
 いくら疲れていたとはいえ、リッチーのまじめな性格を思うと、妙な感じがする。

 しかし、犯行時刻の六時から八時には、まさに腕に抱いていた。リッチーがふたりいない限り、猟園のそばでニーヴスを殺害することはできない。

(ほかに、五千万ドル払える男といえば)

 プレスコット。息子のトリスタン・プレスコット。モンタンの甥、ローリー・モンタン。
 そこまで考えた時、電話が鳴った。

「はい。Xファイル捜査課」

 相手は一瞬、とまどったように、

『ブルーノ特別捜査官?』

「さよう。そちらは?」

『アシュベリー市警察のバラスコ部長刑事』

 ダンテはああ、と高い声をあげた。

「いつぞやは美味しいコーヒーをどうも」

『――このたびは気の毒したな。ところで、鑑識が気になるものを見つけた。聞きたいかと思ってね』

「ぜひ」

『遺体には野犬の毛が何本か付着していた。そのうち一本だけ違う生き物の毛だとわかったそうだ。猫だ』

「え?」

『髪に猫の毛が付着していた。白い毛だそうだよ』



 
 リッチーはキッチンに入って、神様、と大声をあげた。

「何やったんだ、いったい」

 キッチンの床は白い粉だらけだった。その上を猫の足跡が点々とついている。
 レフもまた粉にまみれていた。

「おれじゃない。リトル・リッチーだ。小麦の袋を倒したのさ」

 いつもご馳走になっているから、たまにはピザでも練ってみようか、と考えたのだという。

「もったいない」

「すまん」

 レフは素直にあやまった。「リッチーズ・レストランで働こうと思ったけど、掃除の係に回るよ」

 リッチーは笑い、上着を脱いだ。

「あきらめるのは早いよ」

 手を洗い、レフの作った種を見て、またうめいた。種は水を入れすぎて、固まるどころではない。

「あんた、おれがいない間、何食って生きてたの?」

「そこらにあるものを」

「だから病気になるんだよ」

 冷凍庫からタッパーを出して、リッチーはふくれ面を作った。

「……これ、食べなかったな」

 レフはタッパーを見て、思い出したように言った。

「すまん。あの日、パーティーがあったんだ。出版社の。夜遅かったんだよ」

 リッチーがダンテと過ごした晩の食事だった。少し胸が騒いだが、リッチーは顔に出さず、タッパーをまたしまった。

「海老があったと思ったんだけどな。――サラミだけでいいか」



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