ジョーディの旅 第9話 |
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「ジョーディは、――シカゴへ行ったんですか」 老婦人の言葉に、ラロは目を剥いた。 「ええ。彼の持っていたメモで判断してね」 老婦人は得意げに言った。 「あの子は何もしゃべらないけど、わかりましたよ。彼が行きたいところは」 ラロはわめきそうになった。 (なんてことしやがるんだ。このババア!) 牧師館に寄った時、ラロは知能障害の若者を泊めたという老婦人の情報を得た。 訪ねると、老婦人は感激して彼らを友人のように迎えた。 彼女は、ジョーディに車を直してもらったというおどろくべき話をした。その礼に、シカゴへ行けるようトラックに乗せてやったのだという。 「なぜ、すぐ――」 警察に、とラロが言いかけた時、テーブルの下で神父が彼の足を蹴った。神父は言った。 「いま、ジョーディはトラックに乗っているんですね。運転手の携帯の番号はわかりますか」 「うちに無線があるんです」 老婦人は微笑んだ。 「よくトラック野郎と話すの。死んだ主人が一時期、トラックの運転手をしていたんです。ハンクはその時の友だちなの。無線ですぐ呼び出せますよ」 「それはいい。いま、連絡していただいていいでしょうか。ジョーディにすぐ会いたいんです」 「いいですよ」 老婦人は、よかった、と手を合わせた。 「番地がわからないから、不安だったの。迎えが来てくれて、ジョーディもきっとよろこぶわ」 老婦人は客に待つように言って、二階へあがった。 姿が見えなくなると、ラロはテーブルにつっぷした。 「おせっかいババアめ!」 アイスを買うように、渡したメモのことなどすっかり忘れていた。たったそれだけのヒントで、親切な人々が連携して、ジョーディを安全なニュージャージーから運び出していた。 「失礼なこと言うんじゃない」 神父はたしなめた。 「彼女はよき行いをしただけだ。食事を与え、寝床まで用意してくれた。怒鳴ったりしたら、地上からまた親切な人が消えてしまうよ」 「親切な人のせいで、あいつは殺されそうです」 ラロは呻いた。 「今すぐシカゴに取って返さなけりゃ。ソロモンを始末するのが先だ」 「それでまた怪我する気か」 神父は言った。 「すこし落ち着きなさい。なにも悪くなっていない。ジョーディは無事だし、まだシカゴについていない。トラックの運転手と話せば、連れて帰れる」 「そう、その後は施設探しだ。あのザルみたいな施設じゃ、またジョーディは出てくる。また親切さんが送り届けてきますからな!」 「そりゃそうだよ。ジョーディはきみに会いたいんだから」 「どうしろって言うんです!」 ラロはわめいた。 「うちにはもう置けない。安全じゃないんだ。わたしにもいっしょに施設にいろっていうんですか」 神父は吹き出した。 「いいアイディアだね。そうしたら? 少し心が休まるかもしれないよ」 ラロは神父を睨んだ。 ――なんだって、いったい。 この男はここにいるのだろう。関係ないくせに、当然のように聞き込みに加わり、すましてお茶を飲んでいるのだろう。 「ファーザー、教会のほうは――」 言いかけた時、二階から老女のけわしいわめき声がした。 「こんちくしょう! ジョーディを降ろしたってどういうことよ!」 クロリスから連絡を受けた時、ハンクはこころよく友人を呼び出した。 クロリスはそのままトラック野郎たちの会話を聞いていた。 ――おい、ダグ、今どこだ。 ――いま、トリード、出たところだ。 ――飯でも食ってたのか。 ――ちょっとね。 ――ジョーディはどうしてる? ――え? ――おれが頼んだ客。 ――ああ……いたね。 ――いたねってなんだよ。そこにいるんだろう? そいつの保護者が迎えがきたんだよ。待ち合わせして欲しいんだ。 ――ああ……。 ――どうした? ――あれね。降りた。 ――降りた? 降りるわけないだろ。 ――いや、ここでいいって言って、降りた。 ――……ダグ、ふざけるなよ。あいつが口きいたの見たことねえぞ。 ――あああ、ごめん。じつはサンダスキーを過ぎたとこに、すげー巨乳がふたり立ってて――。 ――ちょっとまて、まさかおまえ、 ――ハイ。 ――巨乳を乗せて、あいつを降ろしたのか! アレンの車は馬力がなかった。走るとバスバスと何かが爆ぜるような音がした。 「なんか、いつもよりすごいな。止まりそうだ」 ガソリンスタンドに立ち寄った際、アレンはボンネットを開けてみた。 自然に隣にジョーディが立った。 「わかるかい?」 ジョーディのからだが動いた。工具をとってプラグカバーをはずし、コードを露わにする。 プラグコードにはこげた埃がまとわりついていた。ここから失火していたらしい。 アレンはおどろいた。 「――きみはメカニックだったのか」 ジョーディがアレンの車を修理する間、アレンは併設されたコンビニで昼食を買い込んできた。 相棒をいったんボンネットから引っ張り出して、休憩にする。ふたりで車によりかかってチーズバーガーを食べた。 (悪くないな。こういうのも) アレンは面白く思った。 相棒はコーラが気に入ったようだった。息苦しげに鼻息をつきつつ、ボトルを手放さない。 その顔は昨夜の暴行で腫れ、赤紫の痣がついていた。今ごろあちこちの傷が心臓のように脈打っているはずだが、けろりとしている。 なんの不平もなく、アレンの隣にいた。 (なんだか、ひどく気楽だ。男ふたりだからかな) ふたりがチーズバーガーをほお張っている前で、真新しいSUVが給油していた。 SUVの持ち主は日焼けした若い男で、不機嫌に何か毒づいている。 SUVの中には女がいた。こちらもとげとげしく、何かを言い募っていた。 「ジョーディ」 アレンはあまり見せないよう、彼に次のバーガーを持たせた。 その時、男が怒鳴った。 「出ろ! おれの車から出て行け!」 女がなにごとかわめく。男はガソリンのノズルを片づけると、助手席に回って、女を引っ張り出した。 「ちょっと! やめてよ」 「さっさと出ろ。何様だと思ってるんだ!」 女を放り出すと、男は運転席に戻った。 「ボブ。ふざけないでよ」 女はドアを開けようとしたが、男がすぐにそれを引き戻した。男はドアをロックし、 「そこにいろ! 自分がどれほどの人間か頭を冷やして考えろ!」 いきなり車を出した。女は悲鳴をあげ、あおりを食らって尻をついた。 SUVは出て行ってしまった。 「……」 アレンはあっけにとられて、それを見ていた。 女はガソリンスタンドの床に座り込み、ぼう然としている。その息がふるえていた。 アレンは、ジョーディを見やった。 ジョーディは女を見ながら、バーガーを口に押し込んでいた。 前のコンビニを見たが、誰も出てくる気配はない。ほかに見ていた人間はいなかった。 アレンは彼女に近寄った。 「あの。だいじょうぶですか」 女は放心してへたりこんでいる。白いスカートが油まじりの水たまりに座って、染みていた。 「汚れますよ」 アレンは彼女に手を差し伸べた。 「怪我は? 救急車を呼びましょうか」 女は答えなかった。ぼろぼろと落涙したと思うと、手で顔を覆い、泣き崩れた。 アレンは困惑した。 ほかの車が給油に入ってきたため、アレンは女を給油機のそばから移動させた。 女は泣き続けている。新しく来たドライバーたちは不審そうに、アレンを見ていた。 ジョーディがボンネットを閉めた。工具を片づけ、いそいそと助手席に戻る。 アレンも行かねばならなかった。 「あの、ぼくたち行きますけど――」 女に一応、声をかけた。 「家の方か、お友だちに迎えに来てもらったほうがいいですよ。電話はお持ちですか」 だが、見たところ女はハンドバッグを持っていなかった。 「……もういい」 女はにごった声で答えた。 「もうすべて終わったから」 「え」 アレンはきき返した。だが、女は首を振った。 「――大丈夫です。歩いて帰りますから」 ブルーグレーの目が暗かった。女はじっとガソリンの給油機を見つめている。 アレンは戸惑った。 (まさかあれをかぶる気じゃないよな) だが、女は立ち上がり、歩き出した。ガソリンスタンドからとぼとぼと出て行った。 アレンはその後ろ姿を見送った。薄着で、白いスカートが無残に汚れていた。 運転席に戻っても、アレンはしばらく車を出せずにいた。 「ジョーディ。少し寄り道していいかい?」 ジョーディはげふっと炭酸を吐き出した。 |
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