ジョーディの旅 第11話
  
(へんな食事)

 ポーラは奇妙な夢を見ているような気がした。

 目の前で、知らない男たちがピザの夕食を楽しんでいる。片方はろくに言葉もしゃべれなかったが、アツアツの深皿ピザに夢中だった。相方はそんな彼にこまごまと世話を焼いている。

 自分はなぜか、いっしょに座って、ピザをほお張っていた。

(なんで、こんな妙なことに?)

 最初、車に乗った時、彼女は自暴自棄になっていた。この男たちが連続殺人鬼で、レイプのはてに殺されてもかまわない、どうとでもなれと思っていた。

 だが、相手はふつうの人間だった。
 片方はおそらく知的障害者。片方はたぶん、失業していて、あまり裕福ではない。自分の魂のために、ふしぎなドライブをしている傷ついた人間だった。

 夫なら歯牙にもかけないような男たちだ。彼らと自分の妻がいっしょにいると知ったら、訴えを起こすかもしれない。

(でも、変。なんかキャンプでもしてるみたい)

 見知らぬ男たちといて、ポーラはふしぎなほどくつろいでいた。
 気の利いた冗談を言うわけでもない。ポーラに何か慰めごとを言うでもない。
 ただ、火を囲むように、ピザの鉄皿を囲んであたたまっている。

「ありがとう。アレン」

 ポーラははじめて礼を言った。

「このピザとてもおいしい。気持ちが落ち着いたわ」

「そう」

 アレンは照れくさそうに水を飲んだ。

「――うれしいよ。なんか感激したよ。今」

「そうなの?」

「ぼくはずっとひとにご馳走するなんてことしてこなかったんだ。貯金の残額が心配で、カードの明細ばっかり見てた。こういう喜びのことは忘れてたよ」

 ぼくこそ、ありがとうだ、と言った。

 ポーラは微笑み、せつなくなった。
 こういう血の通った会話はひさしぶりだ。人間と話をしている手ごたえがあった。




「ひとに出て行けって言う時、男はどう思ってるの」

 車のなかで、ポーラが唐突に聞いた。
 アレンは言った。

「『怖い。もういじめないで』」

 ポーラは少し黙った。やがて、

「犬みたいね」

「そう。犬とおんなじ」

 アレンは言った。

「男、女にかかわらず、わめいている人間は泣いてるのと同じだよ」

 ポーラはまた黙った。少し笑ったようだった。
 アレンはバックミラーで女の顔を見た。車内はすでに暗かったが、町の光が憂い顔を通り過ぎた。

「わたし大学に行きたかったの」

 ポーラはぽつりと言った。

「それで、喧嘩になったの」

 アレンは黙って聞いた。

「でも、ほんとうは、心理学なんか別に興味もなかった。ただ、今のままじゃ、あんまりに自分が弱くて、まともに立ってられない気がして、――学位でハクをつけたかったのかも」

「――」

「夫はそれを見抜いてて、そんな無駄な金は払えないって言ったの。だから、わたしキレちゃって。言わなくていいこといろいろ言って」

 放り出されたらしい。
 アレンは黙っていた。

 ――それは旦那がきみをバカにしてたからじゃない?

 アレンは自尊心の問題には敏感になっていた。
 あの男は若く、裕福そうだった。頭もきれそうだ。家のなかにスターは自分ひとりだけでいい、というタイプかもしれない。無意識に、彼女のプライドを踏み潰していたのもしれない。

 よほどそう言おうしたが、アレンはうかつな言葉を飲み込んだ。
 誰のための言葉かわからない。夫には別の言い分もあるかもしれない。

 ふと、となりのジョーディを見た。
 意外にも、ジョーディは寝てはいなかった。無表情に、ハイウェイを眺めている。
 
 アレンは微笑んだ。彼もジョーディと同じようにただ、ハイウェイを眺めた。

(なんにもしない解決法ってのもある)

 いや、なんにもしない、というわけでもない、とも思った。
 生きものが、傷ついた仲間のそばにいることは、なにか意味がある、と思った。




 秋の明るい陽差しがシカゴの摩天楼を輝かせている。

 冷たいビル風の下を人々がせわしなく行き交った。
 デパートや高級ブランド店の並ぶマグニフィセント・マイルにはひとが多かった。
 アレンは雑踏を眺め、はじめてこの冒険が難事業なのではないかと思い始めた。

「ジョーディ。なんか思い出したりしないかい」

 ジョーディはショッピング街には興味がないようだった。髭の伸びた顎をいじって、首をかしげている。

「アレン」

 通りの向かいから、サングラスをかけた女が手を振っていた。
 ポーラだった。彼女は姉のアパートで一晩過ごしていた。
 昨日より顔色がいいようだ。

「ごめんなさい。待たせた?」

「いや、警察に行ってたから」

 アレンは笑った。

「おどろいた」

「なに?」

「ホントに来てくれると思わなかった」

 ポーラは振り向いた。

「約束したじゃない」

 それでも、なんのかかわりもない赤の他人だ。おまけに彼女は亭主とやりあって傷心のまっただなかだ。考えたいことはほかにあるだろう。
 だが、ポーラの言葉つきは昨日よりしっかりしていた。

「ノエミ――姉さん、調査員の彼と別れていたのよ。でも、協力はしてくれると思う。警察では何かわかった?」

「一応、届けは出した。けど、なんかほかにも迷子があったみたいで、ぼくたちはあんまり目立たなかった。彼が落ち着いたら、また行こうと思うよ」

「そう。でもそうなる前に、解決がつくといいわね」

 こっちよ、と古めかしいビルのひとつに入った。



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