ジョーディの旅 第12話
  
 
 汚れたドアにはD&L調査事務所とあった。
 ブザーを押す前に、廊下からコーヒーカップを持った男が呼びかけた。

「やあ、ポーラ」

 男はマイクと名乗った。狭いオフィスに入ると、彼はコーヒーを手にうろうろした。机も椅子も書類や新聞が山積みになり、置く場所が見当たらない。

「迷子の身元探しだったね」

 マイクは新聞をロッカーに放り込みながら、

「警察には行った?」

「ええ。さきほど」

 アレンは言った。ソファの上に雑誌が積まれているため、座ることができなかった。

「一応、届けは出しましたが、ファースト・ネームだけじゃ、一発ではわからなかったようです」

 わかっているのは、彼の持っている写真。そこにあるジョーディとラロの名前。ナップザックに貼られたシカゴのアシュランド通りに連れて行ってくれ、というメッセージ。

「アシュランド・アベニューの北? 南?」

「それが、どっちとも読めるんですよ」

 アレンがラロのメモを渡す。
 マイクは眉をしかめた。

「あそこは集合住宅もけっこうあるぜ。――そのザックのなかは開けた?」

「リンゴしか入ってませんでした」

 マイクは手を振って、言った。

「わかった。じゃ、方法だが、まず、おまわりさんをせっつく、インターネットで呼びかける、アシュランド通りをしらみつぶしに歩いて回る。次に、彼は福祉の世話になっているだろうから、近くの福祉施設をまわるのもいい。ダメ押し、写真のふたりがかぶっている帽子から、シカゴ・カブスのファンだと仮定して、カブス・ファンの集まるバーをまわる。オススメの方法はそれぐらいかな」

 ポーラは眉をひそめ、

「オススメ? マイクは手伝ってくれないの?」

「いま、手伝ったじゃない」

 マイクは言った。

「歩いてやるほうは、自分たちでやってくれ。ぼくは忙しい。それとも仕事として話を持ってきたのかな?」

 ポーラはあからさまに当惑の色を浮かべた。アレンは彼女が失礼なことを言う前に、

「この辺りのひとが必ず行く場所ってどこだろう? 地元民に評判なレストランとか」

「現地で聞くと教えてくれるよ」

 それ以上は有料だ、と言うことらしい。ポーラは言った。

「マイク。わたし、この人たちに助けてもらったの。役に立ちたいのよ。友だちとして協力してくれない?」

「残念。時間がない」

 マイクはあっさり言った。

「ヒマで稼ぎが十分ある時には、友だちづきあいもできるけど、今は自分の頭のハエを追わなきゃ。これから、ケチンボの依頼主のために写真を撮りにまわらなきゃならないんだよ。ごめんね」




「前はもっといい人だったのよ」

 ポーラは困惑したように言った。

「困ったことがあったら、いつでもたずねておいでって言ってくれたのに」

「彼自身がいま困っているんだよ」

 アレンは慰めた。
 事務所はひどく乱雑だった。おそらく住人の心も平穏ではない、金回りがよくないのだろう、とおもった。

「――それでも、彼は親切だったよ。探し方を教えてくれたし」

 マイクが示したうち、福祉関係は有効だと思われた。ふたりは手分けして電話をかけ、ジョーディという名前に反応した州立の福祉施設をたずねた。

「いいえ。この方ではありませんね」

 職員はジョーディの顔を見て、眉をひそめた。ジョーディの顔には痣がつき、髭で薄汚れている。

「こちらはホームレス状態ですか」

 ホームレスの障害者のための保護受け入れも行っている、と紹介しようとした。

「いえ、そういうことではないんです」

 ふたりはジョーディを連れ、さらに郊外を車でまわった。「ジョーディ」や「ジョセフ」のいる三つの民間施設をたずねたが、いずれの職員もジョーディを知らなかった。
 ジョーディも無反応のままである。

「やっぱり、アシュランド通りを片端から歩いてみる?」

 ポーラが言った時、アレンはすこしくたびれていた。

「彼の髭を剃ったほうがわかりやすいかな」

 アレンはショッピングモールに入ろうと誘った。
 少し何か口に入れて、ついでに剃刀を買ったほうがよさそうだった。

「そうね」

 ポーラも苦笑した。

「さっきはマイクのことを恨んだけど、たしかにあてどなく聞いてまわるのはタダじゃできないわね」

 ふたりはモールを歩き、ハンバーガー・ショップに入った。
 疲れのためにふたりとも口が重い。ジョーディだけが、無心にフィッシュバーガーをほお張っていた。

(一日目から見つかるとは思わなかったが)

 アレンは食べながら思案した。
 彼の活動資金には限りがある。何週間もシカゴに滞在するわけにいかない。
 施設の職員の言葉が思い出された。

 ――彼がホームレス状態なら、お手続きの後、入居していただくこともできますが。

 最終的にはそういうことになるのだろう。
 だが、そういう不毛な結果にはしたくなかった。

 ハッピーエンドが見たかった。自分をこれ以上、役に立たない、つまらないやつだと思いたくない。

(そうなりゃ、おれはやっぱり湖に飛び込んだほうがマシだったってことになる)

「ねえ。教会は」

 ポーラが言った。

「この写真の彼、あまり信仰深い感じじゃないけど、でも、一応、ひとが集まる場所だし」

「いいね」

 ヒントはどこにもないのだ。何か動くあてがあるほうがいい。

「それと、彼の写真を撮りましょう。目の痣はコンシールして、髭を剃って。焼き増しして、配るの。あとで誰かが思い出すかもしれない。――危険かしら」

「すばらしい」

 アレンは応じた。

「ポーラ。きみがいてくれて助かるよ」

 ポーラの目が一瞬、大きくなった。あきらかにその顔がピンク色に変わった。
 彼女はへどもどと時計を見て、

「ごめんなさい。ちょっと姉のとこに電話してこなきゃ」

 と席をはずした。
 アレンはジョーディとふたり、ポテトをつまみながら待っていた。

「味方がいて、ありがたいね」

 ジョーディに話しかける。

「ぼくはダメ人間だが、まだ運は尽きてないってことだな。たぶん、あんまり頼りないんで、神がハンデをつけてくれたんだろう。――大丈夫。ラロを見つけるよ」

 ジョーディは目をあげた。青い目がぱちぱちと瞬いた。
 しばらく待つうち、アレンはトイレに行きたくなった。ジョーディに待つように言って、トイレを探しに行く。

 帰ってくるまでに、三分とかからなかったはずだった。
 しかし、席に戻った時、ジョーディの姿が消えていた。



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