キスミー、キミー 第2話 |
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そのアクトーレスは、まだひとを調教する稼業に慣れない。 いつもとなりに、新人をサポートするバディがついた。美男でスマートな先輩に比べると、アクトーレスのぎこちなさが目につく。 (スーツからして合ってない) キミーは微笑んで見つめた。 その男のからだは、スーツにおさまるようなおとなしいものではなかった。 二メートル近い巨漢である。 太い頸は真っ黒に日焼けし、肩はひろく、雄々しく盛り上がっていた。胸が厚く、腰周りもずっしりと重い。スーツの下に鎧でもつけているかのように、手足が太かった。 ――レスラー? ――ボディガードじゃねえか? レストランの犬たちも噂した。セクシーな新人アクトーレスは、犬たちの関心を引いていた。 ――でも、バカかもしれないぜ。 と嗤う者もいた。 そのアクトーレスはひどく口数が少なかった。努力していたが、話下手だった。 主人にからかわれても、うまくかわすことができない。いつも困ってグレーの目を泳がせていた。 客商売ははじめてらしい。 ほどなく、そのアクトーレスが、字が読めない、という噂が伝わってきた。 ある犬が、わざととんちんかんな料理を出して、彼をからかった。 アクトーレスはその時は黙ってそれを残した。 後日、ひとりで店をたずねると、レストランの亭主に、 「メニューを暗記するから読み上げてください」 と頼んだ。 亭主はひととおり読み上げた。 「感謝します」 その一回で、彼は記憶した。 馬鹿、ではないようだった。 『キミーの死にそう日記 2003年 12月 1日 セス、今日はすばらしいよ。リコが店に来たんだ! お客との食事で。 でも、あああ! 今日もおれはしゃべれませんでした。店の友だちは最近、からかって、おれにオーダー取りいけって言うんだ。 でも、どうしてもできない! 地上から3インチぐらい浮いたみたいにふわふわしちゃって、とってもオーダーどころじゃない。 セスは恋したことある? 宇宙にいかなくても無重力だよ! ハロウィンの時だって、「トリック オア トリート」って言えなかった。1万回ぐらい練習したのに、あの大きな肩が入ってきたのを見たら、もう――。 声が出なくなっちまうんだ。胸があったかくなって、なんか幸せで、ドキドキして、もう何もしたくなくなっちまう。涙が出てくる。 なんで好きなのかわからない。だって、リコの人柄なんか全然知らないんだから。 大きいからかな? ハンサムでセクシーだから? でも、ここには、ほかにも大きいひとは多いんだ。犬とか、ハスターティ兵とか。ハンサムな大男はいっぱいいる。 アクトーレスだから? アクトーレスに恋しちゃう犬は多いらしい。会う機会が多いからね。 でも、おれはアクトーレスはどんなにやさしくても、冷たいところをもった人たちだと思う。お金のために、ひとを叩くんだから。やさしいわけないよ。 だから、リコもそう。やさしくないはずだ。 あの灰色の目かな、とおもう。 あのひとを見ていると、なんか灰色の毛に雪の粉をくっつけた狼が思い浮かぶ。 群れをつくらない、たった一匹でシベリアの森をとことこ渡る狼みたいな、かわいた、温度の低い目なんだ。 冷酷っていうんじゃないんだけど、ひとにかかわらないで、遠くにいて眺めていて、そのうちとことこ通り過ぎていく。 なんでこんな感じがするんだろう。 すごく知りたい』 キミーは思いを焦がしたが、アクトーレスのリコはそのことを知らない。出会って一年近く、キミーの存在を知らずにいた。 だが、その日は、目をみはるようなできごとがあった。 |
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