キスミー、キミー  第11話

 砂漠のベージュの肌の上を、二機のヘリが影を落として移動していく。
 
 回転翼の騒音が轟く機内で、ピートはむっつりと膝を抱えていた。
 彼の部下もいじけていた。みな、ヘリの冷たい床の上で、退屈そうにごろ寝している。
 抗弾パネルのかわりに、ベストにニンテンドーを挿している者もいた。

 イヤミであった。

 ほんの三時間前、彼らは意気揚々とヘリに装備を運び込んでいた。

『アクトーレスと犬が、ロミオとジュリエットみたいに手に手をとって逃げた』

 この事件を聞き、ミッレペダ北アフリカの第二デクリアは、足踏みしながら出撃の指令を待った。

 ハスターティ兵が捕まえてしまうやもしれぬ。また、逃亡犬たちがアフリカを出て行ってしまえば、彼らの用はない。

 が、逃亡先はチュニジア南部、と聞いて、飛び上がってよろこんだ。
 出番が来た、と思ったのである。

 しかし、出撃直前のブリーフィングの場で、第一デクリアの隊長が、

「この件はうちがもらおう」

 と言い出した。
 逃げたアクトーレスはアメリカの特殊部隊デルタの出身であり、第二デクリアには荷が重かろう、という。

 この隊長はイギリスの元SASの戦闘員だった。特殊部隊のライオンを狩るのは同じライオンたる自分であろう、という顔をしていた。

 対する第二デクリアの隊長は、これを面倒くさく思った。
 いいですよ、とゆるしてしまい、第二デクリアは護送という地味な役割に甘んじることになった。隊はオプティオのピートにまかせて、自分は出動さえしない。

(任務のことはともかく、だ)

 ピートの無念はもうひとつあった。むしろこちらの打撃のほうが大きい。
 出撃直前のヘリポートに、恋人のノリーが現れた。ピートは感激した。

 北アフリカ勤務になってから、ヴィラのかわいいスタッフたちと何人もつきあったが、ノリーが一番ハンサムだった。

 むかし騎手になりたかったほどの馬好きで、彼のからだつきも悍馬に似ていた。エネルギーがつまり、大地を蹴り上げるような素晴らしいバネがある。

 ――見送りにくるなんて、かわいいことを。

 が、抱きしめようとすると、ノリーはすげなくピートの胸を押し返した。

「フィルモアはどこ?」

 と、聞いた。フィルモアとは、任務を奪った第一のでしゃばりSASである。
 隣だ、とこたえると、恋人は離れ、第一デクリアのヘリの傾斜板をかろやかにあがっていった。

(あいつら、いつのまに)

 鶴のように首をのばし、傾斜板の奥をのぞいた時、ピートはフィルモアがごく自然にノリーの腰を抱いたのを見た。
 ピートはすっかり出撃するがイヤになってしまった。

(やつらを撃ち殺すか、帰って、毛布かぶって寝ていたい)

 砂漠の上を移動しつつ、彼は憮然と膝をかかえた。
 その顔の前に小型の白板が突き出された。ヘリ内では、騒音で音が聞き取りずらいために、筆談用の白板をつかう。

 ――フリーフォール(パラシュート降下)でもしてあそばねえか。

 金髪の大男レニーが鼻でもほじるように見ていた。ピートはそれに返事を書いた。

 ――くそったれ。寝てろ。

 ――みんなで飛びながらマスをかくとか。

 ――そこから突き落とすぞ。寝てろ。

 ――失恋はみじめだな。

 馬鹿な友人を白板で殴りつけようとすると、操縦士がなにごとか言い、片手をあげた。

「コンタクト(接触)」

 と告げていた。




 全員が起き上がる。

 開け放したドアの下に、砂をけたてて疾走する白いランドローバーが見えた。
 全速力である。犬たちも敵に気づいている。

 ピートのヘッドセットにすぐ無線が入った。第一の隊長フィルモアからだった。

『作戦を開始する。第二機は高度1500フィートを保て』

 そこらにいて邪魔をするな、という。
 操縦士のタローは毒づきながら、ヘリを地上から離した。

 ピートと隊員たちは小学生のようにドアに張りつき、砂漠の逃走劇を見下ろした。
 白いランドローバーがネズミのように逃げまわっている。ヘリはかなり低空を這い、その尻を追った。

 ヘリの振動音にまぎれて、時々、第一デクリアの銃手たちが撃つ銃声が聞こえた。
 遊んでいる。タイヤを狙っているが、なかなかうまくいかないようだった。

「ケッ、第一のやつら大はしゃぎだぜ」

 隊員たちはうらやましそうに見下ろしている。

「上からクソでも落としてやりてえ」

「逃げろ逃げろ」

 ヘリが地上に下りようとしている。機動性の悪いヘリ攻撃はやめ、地上から強襲することにしたようだ。

 するとランドローバーが不意にするどくターンした。ヘリに向かって停まる。

(?)

 ピートは目をほそめた。
 車の窓から肘が出ていた。なにか長槍のようなものを抱えていると思った時だった。

 長槍の尻から、小さく火の玉がはじけた。その瞬間、槍先から弾頭が彗星のように長く煙を引いて、ヘリに向かっていった。

「ア――」

 みな、ア、としか言えなかった。

 ヘリのコクピットに大きな爆発が起こった。
 機体が地面にへたりこみ、半回転して猛烈な砂埃を巻き上げた。その中から隊員たちがあわてた虫のようにこぼれ出ていく。
 
 ピートは部下と顔を見合わせた。
 みな、阿呆のように口をあけていた。

 ――RPG(ロケット推進擲弾)?

 ランドローバーがゆるゆると方向転換している。あばよ、とばかりに南へ走り去っていった。



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