キスミー、キミー  第12話

 さいわいケガ人はなかった。
 大爆発に見えたが、ローター(回転翼)の軸が被弾しただけである。強化ガラスのおかげで、真正面にいたパイロットたちにもさしたる被害はなく、無事脱出した。
 ただ、ヘリは羽根をもがれて、もう使い物にならない。 

 隊長のフィルモアは逆上していた。ピートの胸倉につかみかかって、わめきたてた。

「RPGを持っていると、なぜ知らせなかった!」

 アクトーレスは運転しながら、片腕にRPG(肩打ち式の無反動砲)を抱えていた。ヘリが降下するのを待って、狙い撃ったのである。

「おれたちのせいですか」

 ピートもうわずっていた。

「こっちはあんたの命令通り、待機してたんですぜ!」

「てめえら雁首そろえてショーを見物してたろうが! この役立たずの覗き野郎どもが!」

「じゃあ、あんたはなんだ。反撃は予想もしなかったのか。オペレーター(デルタ)の戦い方はわかってたんだじゃねえのかよ!」

 いきなり彼の前に大きな背中が立ちふさがった。部下の落ち着いた低い声が、

「こうしている間にも連中は遠くへ行っちまいますよ。どうするか決めましょう。撤退? 追撃?」

 第二機はずん胴の輸送用ヘリであったが、隊員、武器は無傷である。追撃が決まった。
 決まったが、指揮官フィルモアの顔色が優れない。ヘリをうしなって、ショックを受けていた。

 ピートも作戦に参加できる昂奮より、むしろとまどいを感じている。
 彼らは無敵の状態に慣れすぎていた。おそまきながら、自分たちの命も狙われているという事実を思い出し、自らの油断にあわてた。




 二度目、ミッレペダのヘリは猛攻をかけた。南へ疾走するランドローバーの上に覆いかぶさり、ミニガンの銃撃を浴びせて脅す。はげしく地面を掘り起こし、土を跳ね上げた。

 だが、ランドローバーはひるまない。逃亡者はミッレペダが大口径弾で車に穴を開けたり、犬を危険にさらせないことを知っていた。
 ピートは命じた。

「スタングレネードを使え」

 目を灼く閃光だけの爆弾がばらまかれ、ランドローバーの周囲ではげしく炸裂した。

「効かねえ!」

「いや、効いてる!」

 ランドローバーは直進していたが、動きが硬直している。
 見えていない、とピートは感じた。勘だけで運転し、必死に視力の回復を待っているはずだ。

「降下スタンバイ――」

 フィルモアの号令にヘリが急降下する。ピートはヘッドセットをもぎ放し、自動小銃を掴んでドアの前に移った。
 開け放したドアの下に地上がぐいぐい迫った。

「おい、まただ!」

 若い副操縦士が悲鳴をあげた。「RPGだ! 助手席から狙ってる」

「かまわん。降りろ!」

 ピートは怒鳴った。「あと100フィート」

「犬だ! 犬は見えてるんだ。こっちを狙ってるぞ」

「スタンバイ――」

 ドアから短い降下ロープが蹴り下ろされる。ピートはロープをつかんだ。
 フィルモアが怒鳴った。

「降下!」

 ロープをつかんで、地上に飛び降りる。手袋が焼けたとたん、ピートは地面に落ち、転がった。
 すぐにレニーのでかい尻が隣に落ち、続いて第二の隊員たちがぼたぼた降って来た。

 轟音にピートの左耳が破裂しそうになる。
 すでにレニーの銃が火を吹いていた。
 狙撃手たちは疾走するランドローバーに次々、銃弾を浴びせた。

 銃声に車体が身をひねりだす。ランドローバーは視力を取り戻したようにジグザグにくねりだした。

 ヘリがその動きを牽制するように、運転席を圧迫する。
 一瞬、その腹の下で高く砂煙が吹き上がった。
 ピートはギクリとした。

 ――やられた! ヘリが。

 手榴弾だった。敵は片手で運転しながら、近づいたヘリに爆弾を投げつけていた。
ヘリがあわてたように急上昇する。

「ヘリは無事か」

「飛んでる。でも、やばくねえか、これ」

 砂煙でタイヤが見えない。射程範囲から逃げつつある。
 ピートは追われるように決断した。砂埃に咳き込みながらひざをつき、銃身の下にとりつけた擲弾発射機を構えた。

「おい、そんなもの――」

 レニーがあわてる。

「危ないって、ワン公の首が抜けるぞ」

「大丈夫だ!」

 ポンと軽い音がはじけ、爆弾が発射される。
 一瞬置いて、激しい爆発が地面をえぐった。さらに爆発。ランドローバーが跳ね上がる。

 カーブを切るところだったのだろう。ランドローバーはタイヤを高く上げてひっくり返り、亀のように裏返しになった。
 もうもうとあがる砂煙のなか、車は静止した。

 ピートと部下はそのまま、出てくる人間を待った。
 十秒たった。
 開いたドアから人間の手と頭が這い出してきた。白っぽい金髪。
 犬だった。犬は這い出ると、すぐに車をめぐって運転席に駆けつけようとした。

「止まれ」

 犬は聞かず、そのまま仲間の傍に走りよった。威嚇射撃をしたが、しゃがみもしなかった。
 ピートも犬を実弾で撃つわけにはいかない。犬が相棒のでかいからだを引きずり出すのを、つい見守ってしまっていた。

 アクトーレスは小麦の袋のようにぐったりしていた。呻き声もあげない。サングラスがはずれた時、その顔半分は血で濡れていた。
 ピートは眉をしかめた。

(当たり所が悪かったのか)

 犬は恋人の頭を打たないよう、その脇に手をさしいれ、一所懸命浮かせながら、引っ張っている。事故のショックか、細い足がぶるぶるふるえていた。
 ヘリが下りてきた。フィルモアと隊員たちが飛び降りてくる。

「何やってんだ」

 フィルモアはピートたちがつっ立っているのを見て、怒鳴った。

「バカども。さっさと拘束しろ」

 隊員たちは犬を引き離し、倒れたアクトーレスに群がった。

「息がある」

 大きな体がひっくりかえされ、後ろ手にプラスチックの手錠がかけられた。
 犬は言葉もなくそれを見つめていた。グリーンの目が母獣をうしなった仔獣のように哀れだった。



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