キスミー、キミー  第13話

 リコは冷たいヘリの床の上でうすく目を開けた。
 ヘリのなかはミッレペダの若い隊員たちが、騒音にまけじとわめきあっていた。
 そばには銃を持った隊員が立っていたが、仲間に気をとられている。

(キミーは)

 キミーは反対側の壁のそばにうずくまって、リコを見つめていた。
 リコはまた目を閉じた。指先をそっと動かし、ベルトの内側に貼り付けた細いチューブをつまみ出した。

「ピート、今日はおめえのおごりだ」

「なんでだ」

「おめえが鼻高々のいやらしい顔をしてるからだよ!」

 ピートは浮かれていた。無事、犬を確保できたこともうれしかったが、ひそかに噛みしめていたのは、

 ――フィルモアに勝った。

 天下のSASがドジを踏み、自分が急を救ったのが、小躍りするほどうれしかった。

「おごってもいいぜ、貧乏人ども! だが、遠慮なく自慢させてもらうからな。敢然と挑むものが勝つ! 今日のMVPはおれだろ!」

 ピートと仲間がはしゃいでいると、部下が耳元で言った。

「吐いてるやつがいる」

 ピートはその隊員に気づいた。壁際に座ったまま、胸のうえに吐いている。

「なんだ、酔ったのか」

 すぐに仲間たちが群がってきた。衛生兵だった男が、

「脱水症状だ」

 と告げる。
 ピートはまだ機嫌がよかった。

「水を飲ませてやれ。タロー、高度あげて涼しくしろよ」

 電解質飲料があった、と思い出し、彼は後部へ渡った。捕虜の傍を通った時だった。
 下から大きな塊がすさまじい勢いで飛び上がった。途端、そばにいた兵士が、吹っ飛ぶ。ふりむく間もなく、ピートの頭蓋骨に鋭い衝撃がうち当たった。
 ピートは眩んだ。

 次に気づいた時は、床に頬がついていた。頭の上で銃を乱射する音が雷のように轟いていた。床や壁に、弾が当たる硬い音が跳ね回っている。
 それがやんだ時、低い声が怒鳴った。

「伏せろ! 抵抗する者は撃つ」

 うろたえている人間を地べたに叩きつける声、制圧することに慣れた兵士の声が轟いた。




 ピートはしきりとまばたきして、視界を取り戻そうとした。
 アクトーレスは操縦士のタローに、進路を南へ戻すように命じている。タローは抵抗した。

「病院にいかなくてはならん。くたばりかけがいるんだ」

「もう一度言う。進路を南ににとれ」

「おれはやらんよ。おまえが操縦しろ」

 ピートは手前にいるレニーにそっと近づこうとした。
 途端に彼の足が爆発した。
 ピートは息をのんだ。棍棒で大腿骨を叩き割られたように感じた。

 ――撃たれた!

「ピート!」

 レニーが身を浮かせかけた。すぐに銃声がそれを吹き飛ばす。
 レニーの巨体が転がると、全員が息をのみ、沈黙した。
 アクトーレスのおだやかな声が言う。

「南へ。病院行きの人間が増えるぞ」

 タローは答えなかった。しかし、ヘリはゆっくり方向転換しはじめた。

(撃たれた。撃たれた)

 ピートはうろたえきっていた。足はまだ痛くない。だが、感覚がない。
 傷を確かめたかったが、動けなかった。動物的な恐怖で全身の筋肉がマヒしてしまっていた。

 ――もうダメだ。

 おれたちは殺される。ひとり残らず、顔に二連発ずつ撃ちこまれる。自分の頭蓋骨がメロンのように砕かれる図を想像し、ピートはあえいだ。
 一方、訓練された理性が、落ち着け、と叱っていた。バカ騒ぎをやめて、早く現状を把握しろ。

(みんなは、フィルモアは?)

 隊員たちは一様に床に伏せていた。犬が彼らの間をまたぎ歩き、プラスチックの手錠をかけてまわっている。開け放したドアから奪った銃をぽいぽい投げ捨てていた。
レニーが傷の痛みに呻いていたが、ほかの者は声もたてない。みな、ショックに麻痺して、動けずにいる。

 彼らは敵に制圧されるという状況には慣れていなかった。突然の劣勢にとまどってしまい、とっさになすすべを知らない。
 犬がアクトーレスに聞く。

「リコ、もう手錠がない」

「あれを使え」

 ヘリの壁には、荷物を留めるためのストラップがたくさん下がっていた。
 犬はピートを見て、不安そうな顔をした。

「このひと、手当てしたほうがいいんじゃないかな」

「先に拘束しろ」

 犬がもの言いたげにアクトーレスを見る。だが、アクトーレスはレーザーのように捕虜を監視して、それ以上言わない。
 犬がピートに聞いた。

「包帯はどこにありますか?」
 
 ピートは、犬の顔がこの状況を好ましく思っていないことを見てとった。

「後部に医療品を入れたバッグがある」

 犬が立ち上がった時、ピートははっとした。彼はまだ拘束されていなかった。
 アクトーレスのほうは、操縦士のタローに何ごとか言いつけている。

(チャンス、か)



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