キスミー、キミー 第14話 |
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ピートは敵の隙を見て、ケガを忘れた。 目を走らせ、武器になるものを探す。 ――アクトーレスひとりさえ、始末すれば犬はなんとでもなる。 せめて彼の持つ銃さえ奪えれば、と思った時だった。 犬が後部から戻ってきて、相棒に呼びかけた。 「リコ。見て」 ついピートも見た。 犬はハーネスをつけ、ゴーグルをかけていた。得意げにひょいと身をねじって背中を見せる。パラシュートを背負っていた。 「おれたち、これで降りようぜ」 「――?」 アクトーレスがおどろいて見つめた。 犬は相棒にもパラシュートの装備を投げ、 「ヘリのハイジャックよりずっと楽しいよ。これで行こう」 「おい」 さすがにアクトーレスがあわてた。だが、犬はかまわず風の吹き込むドアの下をのぞきこむ。 「ばか」 よせ、と言った時には、犬はドアから消えていた。 アクトーレスはドアに飛びつき、下を見下ろして、ぼう然となった。 ピートもあっけにとられた。ついふりむくと、レニーも口を開いている。 ――何が起きてるんだ? ミッレペダたちも困惑したが、リコはさらに混乱していた。味方が勝手に逃亡してしまったのだ。完全に敵を制圧していた城から。 しかし、このままひとり乗っていても意味がない。彼は追うしかなかった。 「クソッ」 リコは苛立たしくハーネスをつけはじめた。 ピートはそれを見て、ハッとした。 (銃を置く――) アクトーレスは銃をたてかけ、あわただしく各部ストラップを締めている。 ピートはチャンスにどぎまぎした。 逃がすか? いや、こいつさえ殺ってしまえば、犬はすぐに捕えられるのだ。 ――今しかない! そう思った時、黒い影が弾けるように飛び出した。 「ぬお」 長い足が風を切って跳ね上がった。アクトーレスがとっさにそれをよける。 (ソル!) ピートはよろこんだ。この黒人の隊員は元キックボクサーだった。彼も同じチャンスを待っていたのだ。 拘束されたままでも、その足は鋭かった。鎌のような回し蹴りがアクトーレスの腰を襲う。 だが、アクトーレスはすぐに身をひねり、尻から銃をつかみ出した。 ――もう一挺? ピートが息を呑んだ瞬間、爆音がソルのからだを吹っ飛ばした。 倒れたソルに銃口がつけられる。 ――とどめの二連発。 「野郎!」 ピートはおどりあがっていた。その時、ヘリの床がかたむき、アクトーレスがよろけた。 銃口が火を吹く。同時にピートの手がその腕をつかんでいた。 一瞬、ふたりはもつれた。 アクトーレスははげしく彼を蹴りつけ、身を離して逃げた。ピートは彼に飛びかって追った。 そこに床がなかった。 手足のむなしさにおどろいた。強風が全身を叩いている。床がない。ヘリははるか高みに急上昇していた。 ピートは愕然とした。 落ちている、のである。 彼は思わず腹ばいになり、弓ぞりの姿勢をとりかけた。 だが、それが何になろう。パラシュートを背負ってはいない。ただ、落下しているだけだ。 数メートル下で、アクトーレスがあお向けに落ちている。彼も目をまるくしてピートを見ていた。 空中で、一瞬、見つめ合った。 ――どうする。あと十秒で死ぬぞ。 どうしようもなかった。ピートはぼう然と仇の顔を見ていた。 まもなく敵はパラシュートをひらく。ピートだけが落ちつづけ、卵のように潰れる。 不意に長い腕が伸び、ピートの襟をつかんだ。鼻先まで引き寄せ、怒鳴った。 「ハーネスに腕をつっこめ!」 緊急避難の方法だった。ピートは無我夢中で仇のハーネスを掴んだ。両脇からストラップに腕を通し、前で自分のシャツをつかむ。 アクトーレスはすぐに体勢をなおし、手動でメインパラシュートを開いた。 空気が布を叩くバンという力強い音が響く。続いて、すさまじい抵抗が起こり、肩が抜けるほど上方に引き上げられる。 にわかに風の唸りが止んだ。数秒の真空が訪れた。 ピートは砂漠の上で浮いていた。 ――生きている? ベージュ色の大地は止まっていた。わずかな紐にぶら下がり、敵にしがみついていたが、ふしぎなことに彼はまだ生きていた。 アクトーレスが彼の襟を掴んだ。 「降りる。手を抜け。三、二、一!」 着地とともに重い痛みが足裏を突き抜けた。砂の上を転げまわって衝撃を殺す。 からだを起こした時には、敵はもう立ち上がっていた。 灰色の目は困惑していた。 「なんで、ついてきたんだ」 手にはすでに拳銃が握られている。 ピートにもわからない。なぜ、助けられたのかもわからなかった。 だが、まず言った。 「あんたは終わりだ」 はるか頭の上にはヘリのくぐもったローター音が響いていた。 アクトーレスの顔がすこし硬くなった。 「M16を置いてきたのは失敗だったな。もう犬もいない。遠慮なく撃てるぞ」 だが、アクトーレスはあわてず、ピートを眺めていた。やがて、その顔に小ばかにしたような表情が浮かんだ。 「そうかな」 ピートは最初、意味がわからなかった。だが、ローター音がいつまでも近づかないことに気づき、ハッとした。 見上げると、ヘリは頭上から離れていっていた。 ――なに? ヘリはピートを置いて、北へ帰ろうとしていた。 |
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