キスミー、キミー  第21話

  ピートは憲兵隊の兵士に近づき、上官に取り次ぐよう言った。

「わたしはアルジェリア政府の調査員だ。わたしのいう番号に電話をかけるように言ってくれ。そこにいる人間がわれわれの身元を保証する」

 でっぷり太った上官がいぶかってピートを呼び出した。

「これは、どこの番号かね」

 ピートは、アルジェリアの国政にたずさわるある人物の名前を口にした。

 どの国にもこうした緊急避難窓口がある。ミッレペダが非合法活動を行い、運悪く地元の官憲に逮捕された時、その国の担当の人物がトップダウンで彼らを解放する。
 法よりボスの意思が重い国々では、解放に時間はかからない。

 太った上官は電話をかけ、その人物と話した。
 すぐにピートが電話を代わり、暗号で身分を明かす。

「おたくの仕事熱心な憲兵隊にからまれて困っています」

 と話した。
 その人物はピートの不運を遺憾がり、この場で解放させることを約束した。さらに、

『もしハシ・メサウド空港から移動されるところでしたら、こちらで機を手配しますが』

 ピートはふたりのために、プライベート・ジェット機を借りることも考えた。
 一度完全に逃がしてしまいたい。それからぐうの音も出ないほど正々堂々と再捕獲したい。

 だが、この人物が後日、ヴィラ・スタッフへのお手伝いをほかのミッレペダに報告してはまずかった。

「それはけっこうです。ただ、彼らに仲間の荷物に手を触れぬようひとことおっしゃってください。こちらの兵士はとてもお金に困っている様子で、友人の財布を離さないのです」

 電話を代わり、太った上官は叱責を浴びたようだった。電話を置いた時には人変わりしたようにまろやかな笑みを浮かべ、

「車で空港までお送りします」

 と言った。




 太った上官はしつこかった。
 ピートがタクシーを使うからいい、とことわっても、『客人に不自由させたまま帰しては、わが一族の恥』ときかない。
 先の自分の失策を取り返したいのか、

「ハシ・メサウド空港には親戚がおりますので、スムーズに搭乗できるよう――」

「いや、ハシ・メサウドではなく、ウアルグラへ行くんです」

「ウアルグラへお送りします。さ、お若い方のほうは、すでにご出発ですから」

 と無理やり車に乗せた。
 さらに親切な運転手たちは、空港へ直接いかず、砂漠へ乗り出した。砂漠の名物、ラクダを見せる、という。

「いい。いい。もう見た」

 ピートはあわてたが、観光は上の好意だときかない。

「先にご出発の方が、見たいとおっしゃったのです」

 車が停まった。タイヤが埋まった、といって運転手たちがあわただしく降りる。

「もう、やんなっちまうなあ」

 ピートはバックシートにもたれ、毒づいた。

「あのバカ犬。ラクダはもう見たじゃねえか」

 なんか変だな、とリコは顔を曇らせた。

「キミーらしくない」

「あいつらしいさ。楽しいものがあれば、すぐ飛びつくんだ。パラシュートがあればすぐに飛び降りる」

「あれは彼なりに理由があった」

 とにかく、とピートは言った。

「これで借りは返したからな。まったく、C4まで持ってやがったなんて呆れるぜ。本物のテロリストじゃねえか」

「世界一しつこい部隊に追われているんだ。武器は」

 リコはバックミラーを見て、あ、とためいきにも似た失望の声をあげた。

「やられた」

 運転手たちが懸命に足を舞わせ、来た道を駆け戻っていた。
 



 車のキーは抜かれていた。
 リコが運転手を撃とうと車を出た途端、足元の砂に銃弾の刺さる音がした。

 砂だと思っていた場所からコマンドが狙っていた。いくつかの目が彼を見ていた。
 なかのひとりがフランス語で、

「銃を置いて、伏せろ」

 と命じた。
 リコはふりかえった。

 先行していたジープも襲撃されていた。どこからともなく現れたトラックが数台囲み、キミーをひきずりだしていた。
 リコは銃を放った。

「伏せろ。なかの男も出ろ」

 リコとピートは砂地に伏せた。すぐにアラブ人コマンドがあちこちの穴から這い上がった。彼らはふたりの手足をビニール紐できつく縛った。
 キミーを襲った数台のトラックがそばに止まる。

「リコ」

 荷台からグリーンの目がうろたえて、リコを見ていた。今にも駆け寄りそうだった。
 リコはあわてて、動くな、と目で制した。キミーの頬にはAK47の銃口がつけられていた。発射されれば顔がなくなってしまう。

 リコとピートは別のトラックの荷台に放り上げられた。
 襲撃者は何者だか名乗らない。
 ふたりは目隠しをされ、口をきこうとするたびに、銃床で殴られた。

(なんだこれは)

 ピートは事態に混乱していた。
 あきらかに運転手――憲兵側は彼らに通じていた。あの肥満した調子のいい上官の一存でやったことなのか。

 公で裁けないテロリストを私刑にかけることにしたのか。
 あるいは、ミッレペダの避難窓口となっている政府高官が指示したのか。

(上のレベルなら、えらいことだぞ。戦争だ)

 上のレベルの裏切りが国家の意思ということもある。そうなれば、ヴィラは政権交代さえ画策する。ヴィラを認めない国家が地球上にひとつたりとあってはならなかった。

(アルジェリアが? いつのまに?)

 砂地の長いドライブが続いた。
 この車もタイヤのめり込みに無縁ではなく、何度か停車してタイヤ掘りの作業をした。

 見張りが降りたのを見計らって、リコとピートはニセの身分の口裏合わせをした。
 ピートは痛むからだをひねって呻いた。

「あの時、あんた、あれどうやったんだ」

 ミッレペダのヘリのなかで、どうやってプラスチックの手錠を解いたのか、と聞いた。答えのかわりにアラビア語の罵声が降ってきた。見張りが乗り込み、ピートの頭を小突く。
 トラックが動き出した時、リコが耳のそばで教えた。

「薬品を使って溶かした。残念だが、もうない」



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