キスミー、キミー 第31話 |
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リコとキミーがヴィラを飛び出して十ヶ月が過ぎた。 ふたりはいまだ捕まっていない。ケニアにひとが遣られたが、当然、なんの痕跡もなかった。 ピートの身には、いくつかの変化があった。 彼は犬狩りチームを抜け、情報班にうつった。 犬狩りはもうできない、と思い、辞職を願い出たところ、デクリオンはピートの話をすべて聞いた。 「聞くんじゃなかった」 といいつつも、責めなかった。 「だから、犬に近づいちゃダメなのよ。おれたちが町へ遊びにいけねえのはそういうわけよ」 デクリオンは、それなら犬を相手にせずにすむ部署に、と情報班に推薦した。 情報班は国や組織の動向をさぐる部署だった。ここにうつった時、ピートは信じがたい話を聞いた。 ピートを売ったと思われたアルジェリアの高官は、無実だった。 アルジェリア政府に叛意はなく、ヴィラに疑われるべく仕向けられたというのが真相だという。 「ヴィラに?」 「サイモン・スーってのは、情報工作専門の傭兵でな」 同僚はピートに「事実はこうであろう」という推測を話した。 アルジェリアの現政権に敵意をもつ、ある団体がある。その団体は、現政権を疎んじており、これをくつがえすためにしじゅう画策していたが、成果があがらない。 そこでサイモンが登用された。 サイモンは、テロなどで小さく戦うより、別の勢力を使おう考えた。 彼はヴィラに目をつけた。 ヴィラが以前、ミッレペダを保護しなかったことを理由に、ある国の政権交代を画策したことがあった。これを利用しようとしたのである。 アルジェリアとヴィラの間を裂き、戦争をさせる。 そのために、一定数のミッレペダ隊員の死体が必要だった。 彼は犬のモンティをつかまえ、ミッレペダが探しにくるのを待った。 が、その頃、ミッレペダではリコにヘリを撃墜されるなどの混乱があり、隊員を出せず、アルジェリア政府に協力を依頼した。 砂漠地帯で誘拐がおきたと聞き、警官隊が派遣された。 警官隊では意味がない、とサイモンが困っていたところに、運の悪い三人が通りかかった、というのである。 「で、やつは」 「あのホテルのオーナーは仲間に撃たれて死んでた。サイモンのほうは東欧の連中がいま、血眼になって追ってるよ」 また、ピートはノリーと結婚した。 ピートは彼に牧場をプレゼントするつもりだったが、ノリーの考えは少し変わったらしい。 「おれ、獣医になろうと思うんだ」 彼はアクトーレスを辞めて、獣医になる勉強がしたいと言った。 「馬を売るために飼うのはイヤなんだ。経営にはむかないと思ってさ」 売るために人間を飼うのも疲れた、と言った。 ピートは彼の決定を支持した。彼がアメリカに帰るのを潮に、自分もミッレペダを辞めることにした。 ――情報係は興味深い仕事だが、ノリーと離れて暮らすほどのものではない。 そう告げると、上官はカンカンに怒った。 だが、ほどなく、北米ミッレペダでアラビア語に堪能な情報員が必要になり、ピートはノリーといっしょに帰国することができた。 ふたりはバージニア州で小さな所帯を持った。 二月、休暇で帰ってきたソルとレニーが彼らを訪れ、楽しく過ごしていた時だった。 ピートの祖母から連絡が入った。彼女は暗号で話した。 『あなたの猫の具合がよくないの。ちょっとこっちにこられないかしら』 ピートは失意に胸が落ちるのを感じた。 ――キミーが助けを求めていた。 電力を使った通信はすべて盗聴されてしまう。 ピートはその日のうちに祖母の家に飛んで、事情を聞いた。 「キミーとリコは、ペルツァーという男の家に捕えられているそうよ。キミーはリコが生贄にされると言っているわ。自分は殺されないから、リコを助けて欲しいって」 これ、と彼女はメモを渡した。ユカタン半島にある古代遺跡の名だという。 ピートは急ぎ、とって返した。 キミーが発見されたことは、まだヴィラ側に報告されていなかった。彼は依然、逃げ犬のリストに残っている。 ペルツァーは届けを出していない。リコを死体にしてから、届けるつもりなのかもしれない。 ピートは家に戻り、レニーとソルに話した。 「おれはキミーとリコに命の借りがある。借りを返しにいかなきゃならない。失敗したら、おれはおまえらの手で追われることになるが、その時は即死できるようになんとかしてくれ」 ふたりはそれほどおどろかなかった。 ピートのその後を見て、三人の間になにがしかの協力関係があったことは、うすうす想像していたのだろう。 「あのでかいのにはひどい目に遭わされたが」 レニーは言った。 「あの時、おまえを置き去りにしたのを、これでチャラにさせてもらうよ」 ふたりはピートと行動を共にする、と言った。 ノリーも加わりたがったが、彼は元アクトーレスだった。ペルツァーに素性を知られる恐れがあるため、彼は残ることになった。 彼はついて行けないかわりに、ピートに知恵をつけた。 「リコが助けたデイトン氏が力を貸してくれると思う」 デイトンはあの事件のせいで、肝臓をわずらってマイアミの豪邸で養生していた。 デイトンは砂漠での恩をおぼえていた。 「協力しよう」 彼は即座に答えた。「また冒険したいと思っていたところだよ」 |
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