キスミー、キミー 第33話 |
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ペルツァーは苛立っていた。 リコを失い、計画が大きく狂っていた。リコが脱したと知って、キミーはたちどころに元気になった。 「リコが無事なら、あんたが何をしたって、おれは知ったこっちゃない」と、落ち着き払っている。 食欲もすこぶる旺盛にある。恋人が迎えに来ると信じて、腹を据えてしまったかのようだった。 リコの捜索もはかばかしくない。どこの病院にもそれらしい患者が運ばれた形跡がなかった。どの軍が動いたのかさえ、いまだ判明しない。 (悠長に遊んでもいられん) ペルツァーは焦りを感じた。 (薬を使うか) 覚せい剤を使えば、簡単に精神を破壊できたが、遊びのスタイルが崩れる。暴力と同じぐらい、いやだった。 とはいえ、ペルツァーはいま、嗜虐の愉しみよりも人形自体が欲しかった。早く欲しい。調教者としてのプライドはこの際、置いてもいいと、思った。 (でなければ、――) ペルツァーは窓辺に寄り、なにげなく下を見て、 (あいつ) 目をうたがった。 キミーが勝手に中庭に出ていた。しかし、べつに逃げ出す様子はない。 どこで見つけたのか、サッカーボールを蹴り転がしている。ひょいと頭に乗せ、バランスをとってひとりで遊んでいた。 リコのリハビリは8ヶ月に及んだ。 骨のつきは早かった。動けずにいる間に痩せてしまった筋肉を取り戻すため、彼は死に物狂いでリハビリに打ち込んだ。 邸の主、デイトンはそのすさまじさに、あきれていた。 (必死な) 兵士だけに、からだづくりには素人ではない。筋肉をつけるための休息時間はとったが、トレーニング中は何度転げても顔色も変えず立ち上がった。 その感情の抑えようも不気味だった。 リコは、意識を目標にむかって鋭く研ぎ澄ませていた。 (空港は使わない。陸路で入る) 筋肉を練り上げつつ、必要な装備をリストアップしていた。 邸の構造を頭の中に描き、潜伏地点を模索する。警備システムがどうなっていたか、何度も思い返した。 計画を組み立てている間、頭はひどくしずかだった。キミーのことさえ思い浮かばない。敵を排除する、というただ一点に集中していた。 ――キミーのことを考えるのは後だ。 キミーのことを思えば、途端に心が揺れた。 希望はもてなかった。キミーはおそらくペルツァーに打ち負かされることはない。その前に死を選んでしまう。 リコは考えまいとした。怒りのあまり、ふるえで狙いがそれるのではないか、と恐れている。 撃つ時は鼓動と鼓動の間に撃つ。その間隔を長く保つ必要がある。 窓の外では、鳥が澄んだ声でさえずっていたが、リコには聞こえていない。 十月なかば、リコはマイアミを出た。 邸は大小のカボチャに飾られ、にぎやかだった。 庭には、樽ほどの大きなものが小山のように積みあがり、瀟洒な外観を妙なものにしている。 リコはそこから少し離れた木の上にひそんでいた。 スコープごしに窓の中をじっと見ている。明かりのついた部屋のなかも一様にカボチャだらけのようだった。 (30分たった) スコープを見る目を交代しようとした時、ついにペルツァーが部屋に入ってきた。 リコは意識をしずめた。 ペルツァーの丸い頭がスコープの十字線を移動する。その鼻が十字の中心に重なろうとする。瞬間、引き金を引いた。消音された銃声が夜闇をすり抜けた。 銃弾がささった。ペルツァーがはっとこちらを見た。 ――しくじった! リコは自分の愚かさを呪いながら、庭を走った。警備が騒ぐより早く、壁に作った穴をすり抜け、闇のなかに逃れた。 (ガラスを替えていた) 車を走らせながら、リコは歯軋りした。 以前はキミーが破って外に逃げられた。その時に強化ガラスに替えたのだろう。それぐらいの想像を働かせなかった自分が許せなかった。 (しばらく用心するだろう) 警備を増やすか、この場所を去るかもしれない。こちらを探しに出てくるかもしれない。 (いったん退くしかない) 計画を練り直そうと思い、隠れ家に戻った。だが、翌日、彼は奇妙なポスターが、通りのあちこちに貼られているのを見た。 ポスターにはキミーの顔写真が刷り込まれ、メッセージが記されていた。リコはそこに自分の名前を認め、注意深く読んだ。 『バンゼッティ 武器をおいて話し合おう 連絡してくれ E・P』 エルンスト・ペルツァーからのメッセージだった。 「バンゼッティだ」 『――よくかけてくれた』 「十秒内に話せ。用件はなんだ」 『きみと話がしたい』 「――」 『じかに会って伝えたいことがある。出てこないか』 「また生贄にされるのはごめんだ。話があるなら、今言え」 『……いや、会ったほうがいい。今からきみの指定する場所へ行こう』 リコはしばらく考え、ホテルの名をあげた。入り口からはひとりで入るよう指示した。 『わかった。連絡に感謝する』 リコは電話を置き、ホテルに大勢のボディガードが待ち構えている図を想像した。キミーのこめかみに銃口が食い込んでいるかもしれない。 だが、好機には違いない。数ヶ月もスコープを睨んでいないで済む。 シェラトン・セントロ・ヒストリコホテルのエントランスに、ペルツァーの小柄が入って行った。車にはボディガードがいたが、留め置かれた。 リコはそれを確認すると、ホテルに連絡を入れた。フロントを通じ、入ったばかりのペルツァーを呼び出す。 「場所をメリア・メキシコ・レフォルマに変更する」 『わたしはひとりだぞ』 「すぐ出て、メリア・メキシコへ向かえ」 リコは、ペルツァーの姿がホテルから出てくるのを確認すると、車を降りた。トランクを開け、中をのぞいているふりをして待った。 ペルツァーの小柄が通りかかると、ひょいと腹からさらって、トランクにつっこんだ。頭が縁にぶつかったが、かまわない。その内ポケットから携帯電話を取りあげると、トランクを閉め、何食わぬ顔をして運転席に戻った。 |
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