キスミー、キミー  第35話

 四年の月日が流れた。
 リッチモンドのピートの家に小学校時代からの友人が、手紙を転送してきた。

『おまえのばあちゃんを若い男がたずねてきた。この手紙を託されたので送る』

 とあった。

 祖母は三年前に亡くなっていた。
 その手紙はメモのようなカードで、一度お会いできないか、というメッセージが書かれていた。差出人の名前を見て、ピートはおどろいた。

 C・グリーンウッド神父、とあった。
 彼は仕事柄、その名を知っていた。ミッレペダで何者か噂されている謎の人物だった。

 ヴィラ会員から、いらなくなった犬を買い取って、家族のもとに返すという活動をしている。ヴィラ幹部とも接触し、互いに不干渉という交渉をまとめあげてしまった。

 そんな男が名指しでピートを呼び出したのは、不気味であった。
 ピートは警戒しながら、シカゴの高層ビル内にあるその教会を訪れた。

「あ」

 出てきた金髪の神父を見ておどろいた。

 キミーだった。黒いローマンカラーをつけ、ものしずかな温容をつくろっていたが、あのグリーンの目だった。

「キミー、ばか、なんて格好してんだよ」

 ピートがよろこび、飛びつこうとすると、神父は彼をおしとどめ、

「キミーではありません。その兄貴です。セシル・グリーンウッドといいます」

 と笑った。




 兄のセシルはキミーより少し背が高かった。
 同じようなほっそりしたつくりだが、からだのくばりがちがう。キミーのような騒がしさはなく、身動き、まなざし、声音がすべて、おだやかでやさしかった。

(しかも、すごい美人だ)

 紅茶をすすめられ、ピートはその白い指を見ながら、思った。
 つい見惚れてしまうような美男子だった。温顔に、微笑をたやさず話す気さくさもよかった。

 しかし、こんな男と狭い部屋にいて、おかしな気にならないのはどうしたわけだろう。

 ピートはこの男が見かけどおりの優男ではないと感じていた。愛想のいい鷲と対峙しているような、ふしぎな緊張感をもった。

「名前が違うので、おわかりにならなかったとおもいます」

 グリーンウッド神父は、両親が離婚して、自分は新しい父と養子縁組したのだ、と話した。

「あいつは頑固なんです。チビのころから、まったくきかなくて。わたしたちは母に引き取られたんですが、ひとりで勝手に父親のもとに帰ったんですよ。自転車を漕いで」

 ピートはキミーのことをなつかしく思い出した。ここ数年、忙しさにとりまぎれ、砂漠で出会った友人たちのことを忘れていた。

「キミーは元気ですか」

 ペルツァーが死んだことは知っていた。キミーは解放されているはずである。

「ええ。いま、彼は旅に出ていますよ」

 グリーンウッド神父は困ったように微笑んだ。

「リコをさがしに行っているんです」

 リコが見当たらないのです、と言った。




 ペルツァーはリコが襲撃した三ヵ月後に死んでいた。
 死の前に、彼はキミーを解放し、またヴィラにはリコの名を捜索リストから下げさせていた。

 ――あの事件は当方の誤解であり、くだんのアクトーレスとは和解している。また、賊から当方の愛犬を守った経緯に鑑み、寛大なるご処分を願いたい。

 と、助命を嘆願し、特別に容れられている。ヴィラ側に死者もなかったせいもあったが、おそらく、ペルツァーからの高額の慰謝料がものを言ったのであろう。

 ペルツァーの死は世界的に報道されたため、リコは知っていたはずだった。

 キミーはリコを待っていた。ペルツァーからリコとの約束を聞いていたから、死んだらすぐに来てくれるものと思っていた。

 ところが半年たってもあらわれず、キミーは心配した。彼は自分から探しに出た。
 兄である神父は、リコは死んだか、新しい恋人ができたのだろう、と諭したが、キミーは聞き入れない。

『なにかトラブルに巻き込まれているのかもしれない』

 それが今年のはじめ、テレビの報道番組に偶然、リコらしい人物が写った。イラクで働く長距離トラックの運転手たちの中に、ほんの一瞬、似たような男が映ったことがあった。

 ふたりはすぐにテレビ局に電話をかけ、さらにそのトラック運転手たちを派遣している企業に問い合わせた。が、返答は『その男はすでにアメリカに帰国している』ということだった。

「けれども、リコは出てきません」

 グリーンウッド神父は美しい目を曇らせた。あなたならご存知ではないかとおもって連絡させていただいたのです、と言った。
 ピートはむろん、知らない。



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