第3話 |
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(あの男、犬になったのか) 養鶏所のセットの前でスタッフの説明を聞きつつ、おれはぼんやりとアルフォンソのことを考えていた。 フェンサーなら皆知っている。 イタリアのライオン。エペのチャンピオンで、いろんな大会で勝ちをさらっている。 豪快な攻撃をする。素顔もハンサムで、女の子のファンも多かった。 正直、おれとは世界の違う人間だ。おれもフェンサーだが、いまは種目がちがうし、レベルも違う。 だが、学生の頃、一度だけ試合した。あの頃はまだこちらも何本かとれた。むこうはもう覚えてないだろう。 (あいつも犬になあ) 想像ができない。アルフォンソの写真はたいがいニコニコ笑っているのが多い。試合中も笑っているのではないかと思うほど、上機嫌なイメージなのだ。 さっきも、まるで王子のような扱いだったではないか。アクトーレスは執事のようにやさしく話し、彼を案内していた。裸にされてもいなかった。 (ゲームの商品だってことは、プレミア犬ってことだな) プレミア犬とは売値1億ドルするような犬だ。動く金が違う。それは扱いも変わるだろう。 ひきかえ、おれときたら――。 「ホラ、ケツを高くあげろ。手で広げるんだ」 スタッフは敷き藁の上で、おれたちに尻を高くあげさせた。ひらいた肛門に作り物の卵を押し込もうとする。 おれは肛門の痛みに悲鳴を呑んだ。大きすぎる。昨日の傷がまた割れて火のように痛んでいる。 「さっさと飲み込めよ。なに上品ぶってんだ。バカ。きちんと手でひろげろ」 痛いといっても聞いてはもらえない。おれは必死に自分で尻をひらき、尻穴をひろげた。 冷たい卵がグイグイと直腸に割り入ってくる。直腸が異物で硬くふくらみ、はちきれそうだ。きちんと潤滑油が塗られていないのか、肛門が引きちぎれるようだ。 「うずくまれ」 全員、藁の上にうずくまった。腸のなかの卵が内臓を突きあげる。 「おまえらはメンドリだ」 スタッフは大真面目に言った。 卵からあるアイテムが出る。勇者はそれを探しにくる。勇者が来るまで絶対に産むな、ということだった。 マギステルの老人が勇者役のスタッフを案内し、メンドリを選ばせる。勇者役のスタッフはおれを指差した。 老人はおれに卵を産むように命じた。 ところが、出ない。 懸命にいきんでいるのだが、卵が動かない。 スタッフたちがいぶかってとりかこむ。 「おい。段取りだ。さっさとやれ」 「今から色気ふりまかなくていいんだ」 おれもあせっていたが、押しても押しても肛門がひらかないのだ。卵の先が肛門に押し当たったまま、棲みついてしまっている。 「んんッ――はッん」 しだいにスタッフたちが苛立つのがわかり、おれはうろたえていた。敷き藁を握り締め、懸命に力んで異物を押し出す。 出ない。スタッフのささやきに、いよいよ気がうわずってしまう。早く終えたい。だが、肝心のそこに力が入らないのだ。 「うン、ンッ――」 「おい、いいかげんにしろ」 飼育係が近寄ってきて、おれの耳をつかんだ。おれはふるえあがった。 「す、すみません、すみません」 ぐっと力んだ途端、別の箇所に力が入ってしまった。ペニスから小便がほとばしった。 「ヒッ」 失笑が湧き、おれは思わず濡れた敷き藁に伏せ、ちぢこまった。 「すみません! すみません!」 「何やってんだよ。こいつは」 スタッフたちに笑われ、おれはパニックを起こした。何度やっても、力むと小便が出る。たまらず泣いてしまった。 恥ずかしかった。色気でなく仕事で来ている人々の前で失態をさらし、どうしていいかわからなかった。 「おゆるし、おゆるしください」 その時、サリムが低い声で言った。 「もうやめろ! 昨日、こいつは脱腸したんだよ。こわいんだよ。卵なんか出したらまた腸が飛び出ちまう」 飼育員が舌打ちした。 スタッフたちも興ざめたように鼻息をついた。彼らは、おれのかわりにサリムに産卵をさせた。 サリムが卵を産む間、飼育員はおれをセットの隅に追い立てられた。 「このまぬけ。ケツを出せ」 尻穴にクリームを塗られた。指が中に入って筋をほぐしている。 養鶏場のセットから、スタッフの声が聞こえた。 「『ふれあい広場』の犬は使えると思ったんだが」 「ロセのエキストラのほうがまだマシだ」 飼育係が尻穴をほぐしながら言った。 「何をやらせてもトロいんだよな。おまえは。何やらせても、ものの役に立たない」 おれは床に顔を伏せてすすり泣いていた。おれはほんとうに役立たずだ。 さらに悪いことが起きた。 サリムがゲームの役から降ろされた。おれをかばった態度がスタッフの不興を買ったという。 「あいつらは、『ふれあい広場』のおしとやかな犬がお好みだったのさ」 サリムは肩をすくめた。 おれは友に迷惑をかけてしまい、いたたまれなかった。 「おれもやめる。おれも出ない」 「おまえは出ろよ。キース」 サリムは真顔で言った。 「ゲームはチャンスだ。気のいい旦那がおまえを目にとめてくれるかもしれないぜ」 だが、ほんとうに気のいい旦那を渇望していたのはサリムだった。 サリムはその晩、自殺未遂を起こした。 客が寝ている間に、カーテンのタッセルで縊死しようとした。 |
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