第4話 |
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さいわい、発見が早かった。 客がすぐ助け、ポルタ・アルブス(病院)に運び込んだ。 以来、帰ってこない。 犬たちは口々に噂した。後遺症で痴呆になったというものから、もう処分された、というものまで。 おれは、喰えなくなった。 眠れなくなった。 ここに来て、むごい仕打ちをたくさん受けてきたが、仲間の自殺が一番こたえる。前向きな気持ちが根こそぎになってしまう。 どうしても、もう生きていたくない、という気持ちがもたげてしまう。 「もっと腰を振れ! もっと動け! 人形抱いてんじゃないぞ!」 客が腰を掴み、荒々しく揺さぶる。尻穴が焼ける。激しい摩擦に直腸がからだのなかでずれる。 「動けってんだよ!」 「はひっ、ヒ」 客の指が睾丸を握り締める。激痛に内臓が宙に浮く。吐き気がする。シーツを握りしめるが、意識がふわりと漂いだす。 「もっと動け! 泣け! いいんだろ。声を出せよ!」 「ヒイッ」 おろおろと腰を動かし、大げさな声を出す。 「――ああ。イイです。もっと。もっと――!」 つらい。金玉を握られ、アホみたいに腰を振りたてるのがつらい。にわかにやりきれなくなって、泣き出してしまった。 なんでおれはケツを振ってるんだ。 なんでサリムが死ななきゃならない。なんでこんな目に遭わなきゃならない。 おれたちはボロボロだ。もう動けない。点滴打っても、睡眠薬飲んでも、もう動けない! おれは泣きわめいた。 「もういやだ! 放せ! 放してくれ!」 「おお。ここか! ここがいいのか」 興奮した男がさらに激しく尻穴をうがつ。痛みが刺さる。金槌が釘を打ち込むようだ。 「ヒ、ヒイ」 皮膚の当たる音がはげしく部屋に響く。おれの泣き声がくずれ、ちぎれる。 「――もういやだッ! もうやめてくれ! 助けて。神様。助けて」 神様は答えない。いつも答えない。 男はいよいよ奮い立って、跳ね続ける。おれの声はむなしくかすれていった。 養鶏場のセットの傍で、おれはぼんやり出番を待っていた。 なにか不具合があったらしく、スタッフはなかなかリハーサルを進めなかった。 おれは見るともなしに、石壁の迷路を眺めていた。 ベニヤに、薄い作り物の石が貼ってあるだけの壁だが、ライトの加減でか石積みの壁そのものに見える。 おれはいつのまにか、そっと立って、壁に近づいていた。 セットの通路に立つと、少し眩暈がした。足元が浮つく。ほんとうに迷宮に迷いこんだかのようだ。 おれは壁に触れながら歩いてみた。 通路は右に折れている。ふりかえったが、誰もおれを見てはいなかった。 おれはそのまま曲がった。 石壁の道が続く。さらに曲がり角。 角を曲がり、さらに角を曲がる。迷宮の深奥へ入り込んで行く。 ただ、見たかった。罰も飼育員もわすれて、ただ曲がり角の向こうの世界をさがしていた。 にわかに広場がひらけた。 (あ) ひとがいた。 黒いスウェットを着た男が、ひとりたたずんでいた。あの男だ。 アルフォンソは剣をつかんでいた。 にわかに構えの姿勢をとり、見えない相手に打ち込んだ。 おれはものも言わず、そこに突っ立っていた。 きれいだ。アルフォンソは剣をとると、ほんとうに華やかで王者の風がある。 だが、賞賛する一方、おれのこころには、きなくさい煙が細くあがっていた。 憎悪を感じた。 おれが裸で、卵を入れられるのと待っている間、こいつはひとりで遊んでいるのだ。 たくさんの富豪が彼を得るために、このゲームに挑む。おれたち地下の犬がたったひとりの主人が得られず、醜い争いにあけくれているのに、こいつは来てすぐもらわれていくのだ。 おれは落ちていたおもちゃの剣を掴み、いつのまにか彼の前に踏み出ていた。 アルフォンソは少しあっけにとられたような顔をした。 「――その、相手してくれるのか」 彼はおれを覚えていなかった。あとから思えば、彼のまごつきももっともだ。 こちらは首輪ひとつの素っ裸。股のものをぶらぶらさせてのご登場だ。どんな変態三銃士だ。 だが、おれはなかば酔っ払ったようにかまわなかった。礼をして、言った。 「アン・ガルド(構え)」 「――フェンサーか」 「フルーレだが、エペでもいい」 「フルーレのルールでいいさ」 アルフォンソは気さくに応じ、「プレ?(準備はいいか)」とたずねた。 「ウイ」 おれたちは構えた。 おれははげしく打ちこんだ。 ひさびさだが、不思議なほどからだが動いた。剣に神経が通る。上半身と下半身がスムーズにつながる。 そして、遊ばれているのがわかる。 彼は対峙してすぐ、おれの力量を見切っている。いくつものアタックを礼儀正しくかわし、しかし、あまり強く攻めてこない。 おれの剣が荒れた。突きが奪えない。踏み込んでもそこにいない。 大きい。この男はとてつもなく大きい。 ――クソ。格がちがう。 どうしてもトウシェがほしかった。この男の胸を突きたかった。 おれは彼の油断を見澄まし、距離を詰めて踏みこんだ。その時、重い衝撃が響き、剣が跳んだ。 脳が一瞬、カッと燃えた。 「そこまで」 気づくと、広場のまわりにスタッフが数人立って見物していた。 「キース、何やってるんだ」 飼育員の怒鳴り声に、おれは正気に返った。 にわかに魔法がとけ、血の気が引いた。 (おれは何をやってたんだ。プラチナ犬に。大事な商品に) あわてて飼育員のもとに戻ろうとした時、アルフォンソが手を掴んだ。 「ありがとう」 彼は言った。 「こんなとこに仲間がいるとは思わなかった。とても楽しかったよ」 彼の笑みは、とても可愛いかった。1億ドルの笑顔だ。 だが、おれは手をふりきって飼育員のもとに急いだ。飼育員に首輪を掴まれて、迷路から追い出された。 ところが、このことは妙な方向に転んだ。 「キース、おまえはチャンスをつかんだぞ」 飼育員がめずらしく機嫌よく言った。 おれの役回りを、メンドリから勇者の従者役に変更するという。 従者となって、勇者さまのために雑魚敵をなぎ倒し、お助けするという。 「こないだのあれを、シナリオチームが見てて、だいぶシナリオが変わったんだ」 もともと勇者と魔王ミノタウロスとの一騎打ちは決まっていたが、多くの勇者は運動不足で、そこまでたどりつけないのではないか、と危ぶまれていた。 そこで露払いの従者をつけようということになったらしい。 「メンドリよりもよっぽど有利だ」 飼育員はすこし興奮していた。 「副賞になるかもしれない。もし、ならなくても、このゲームはヴィラ中の客がモニターする。勇者の行動はすべてカメラが追うんだ。従者になれば、おまえも映る。あとで『あのゲームに出てた従者がほしい』という客が出る。かならず! そうなりゃおまえ――」 彼はふとおれを見た。 「うれしくないのか」 おれは答えられなかった。 うれしいです、と言わなければいけない。だが、実際にはなんの心も動かない。 むしろ、億劫におもった。そんなくだらないことにかかわりたくないという気持ちがまさった。 やっと言った。 「やらないと、いけませんか」 飼育員は一瞬、ぎょっとしたような顔をしたが、すぐにうなずいた。 「やるんだ。命令だ」 |
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