にゃんにゃん恩返し  第2話

 
 わたしたちは渦にのまれるように愛し合った。

 リッチーのからだは若々しい筋肉で弾んでいた。無駄な脂肪が一切なく、手のひらにバネのような筋肉を感じる。しなやかな猫というより豹か狼のような鋭さだ。
 腕や足のバネの強さに、思わずレイプしているような錯覚に陥る。

 だが、ひとたびその小さなアヌスをうがつと、彼はおびえたように従順になった。わたしの腕に爪をたて、レフ、レフと、せつなく呼びつづける。

「すごい。すごいよ――。イク。おれもう――アア」

 彼の腹筋が跳ね、胸が濡れたのがわかったが、わたしは自分を止められなかった。

 かわいかった。ぎゅっとしかめた眉。黒い睫毛がいとしく、わたしをつかむ強い指がいとしかった。わたしはかれのやわらかな粘膜を狂ったようにえぐりつづけた。

 リッチーがよわよわしく首をふる。

「アア――もうゆるし――。ア、アアッ、ダメ、アア――」

 一度解放したペニスがまたわたしの下腹を突いている。だが、簡単には達せないようだ。

 彼は苦しげに首をのけぞらせ、まといつく快楽にのたうった。睫毛の間に涙が光っている。

「ハ、レフ、もうやめ、て、アアア――いやだ、だめ――アアッ」

 わたしは獲物をがっちりと抱え込み、精を放った。彼もまたからだを痙攣させていた。

 リッチーは少しの間、ぐったりと動かなかった。
 あまりにへたばってしまったので、わたしは少し心配になった。

 つい夢中になってしまったが、初めての相手にあまりに自分勝手だったろうか。

「……すごい……」

 リッチーは目をとじたまま、小さくわらった。

「腹上死するかとおもった。あんた、最高だよ」

 わっとうれしさがこみあげ、わたしは押し潰さんばかりにくちづけた。




 リッチーはたびたび通ってくるようになった。
 仕事が終わった後、たいがい店のあまり食材をもってきて、ふたりで夕飯を食べる。

 あまりに彼の持ち出しが多いので、遠慮すると、

「金ならかかってないよ。もらったもんだもん。店ではもう出せないし、喰わなかったら捨てるしかないんだぜ」

「おれの気分だってあるだろ」

「気にすんなよ」

「おまえな」

「――ひとりで喰うのさびしんだ。レフと夕飯食べたいんだよ。おれの作るものに飽きたんなら、もうよすけどさ」

 とかわいく拗ねる。
 わたしには手許不如意という弱みがある。結局、うやむやになり、彼は食べものを持って通ってきた。そして、朝までいた。

「いたい、噛まない、噛まない」

 リッチーの前戯は時々荒っぽい。噛んだり、ひっかいたり、たまに力あまって膝蹴りを食らうこともある。押さえつけておくのがたいへんだった。

「リッチー。それ勘弁してくれ。王手の前に力尽きちまうよ」

 わたしが閉口して言うと、リッチーはおどろいた。

「ごめん。興奮しなかった?」

「AVの見すぎだ。ふつうでいい。ふつうで」

 彼は幾分あわてて、ごめん、とわたしの胸についた歯型の後を舐めた。
 長い睫毛を伏せ、機嫌をとるように舐めている。黒目がちの目を媚びるようにくるりとあげると、眉がちょっと下がり、仔猫に似て愛くるしい。

 かわいかった。
 仔猫リッチーが現れて、わたしのどん底に細い陽が差した。

 わたしはまたアルバイトをはじめた。プライドのことはひとまずおいて、自然食品の店でのレジ打ちをした。ヒマな店で、空き時間にマンガの案をひねることが出来た。

 だが、給料は安い。
 ついに来たるべきものが来た。

「もうしわけありませんが」

 家主の中年女性は礼儀正しかった。しかし、事情を説明しても、おだやかに「出ていかねば法に訴えることになる」と言った。

 わたしは弱ってしまった。
 いよいよホームレスだ。

 その時、ちょうどリッチーが現れた。彼は事情を知ると、

「これで家賃にあててください。不足分はあとで払います」

 と財布から100ドル札をあるだけつかみだし、彼女に渡した。
 家主は金を受け取り、戸惑いつつも引き下がった。

 わたしははずかしくて激怒した。

「おれはおまえのヒモじゃないぞ!」

 ひとたび怒鳴ると止められなかった。はげしい言葉がおびえた犬の吼え声のように飛び出した。

 恋人に食べものや金を出され、みじめだった。長い不遇がみじめで、泣きそうだったのだ。

 リッチーは言い返しもせず、神妙に罵詈を浴びている。わたしが興奮しすぎてついに落涙しても、うつむき、こまったようにもじもじ手いたずらしていた。

「二度と来るな」

 怒鳴りつけ、わたしは背を向けて泣いた。
 醜態だ。

 なにもかもわたしの不甲斐なさ、力のなさが悪いのだ。なにもかもわたしのせいだ。両親はきちんと育ててくれた。大学までやってくれた。喰えるようにスキルをつけてくれたのだ。
 すべて自分のわがままとつまらないプライドのために、こんな窮地に追い込まれているのだ。

 ふと、キッチンでカチャカチャ音がした。
 いつのまにかリッチーがキッチンに立っていた。

(こいつ)

 彼はまだいた。お湯をそそぐ重い音がして、コーヒーの香りが鼻をかすめた。
 彼は自分でもコーヒーを飲みながら、マグをわたしの前に差し出した。

「気にすんなよ。芸術家にはパトロンがついているもんなんだぜ」

 コーヒーは飲んだが、わたしはまだ不愉快だった。

「今度、返すからな」

「ああ。利子つけて返してくれ。十日で一割」

「た、高いだろう!」

 ジョークなのに、つい目を剥いてしまった。彼は吹き出し、身をおってゲラゲラ笑った。わたしも苦笑し、ついつられた。
 わたしたちはベッドにもつれこんだ。




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