わたしたちは渦にのまれるように愛し合った。
リッチーのからだは若々しい筋肉で弾んでいた。無駄な脂肪が一切なく、手のひらにバネのような筋肉を感じる。しなやかな猫というより豹か狼のような鋭さだ。
腕や足のバネの強さに、思わずレイプしているような錯覚に陥る。
だが、ひとたびその小さなアヌスをうがつと、彼はおびえたように従順になった。わたしの腕に爪をたて、レフ、レフと、せつなく呼びつづける。
「すごい。すごいよ――。イク。おれもう――アア」
彼の腹筋が跳ね、胸が濡れたのがわかったが、わたしは自分を止められなかった。
かわいかった。ぎゅっとしかめた眉。黒い睫毛がいとしく、わたしをつかむ強い指がいとしかった。わたしはかれのやわらかな粘膜を狂ったようにえぐりつづけた。
リッチーがよわよわしく首をふる。
「アア――もうゆるし――。ア、アアッ、ダメ、アア――」
一度解放したペニスがまたわたしの下腹を突いている。だが、簡単には達せないようだ。
彼は苦しげに首をのけぞらせ、まといつく快楽にのたうった。睫毛の間に涙が光っている。
「ハ、レフ、もうやめ、て、アアア――いやだ、だめ――アアッ」
わたしは獲物をがっちりと抱え込み、精を放った。彼もまたからだを痙攣させていた。
リッチーは少しの間、ぐったりと動かなかった。
あまりにへたばってしまったので、わたしは少し心配になった。
つい夢中になってしまったが、初めての相手にあまりに自分勝手だったろうか。
「……すごい……」
リッチーは目をとじたまま、小さくわらった。
「腹上死するかとおもった。あんた、最高だよ」
わっとうれしさがこみあげ、わたしは押し潰さんばかりにくちづけた。
リッチーはたびたび通ってくるようになった。
仕事が終わった後、たいがい店のあまり食材をもってきて、ふたりで夕飯を食べる。
あまりに彼の持ち出しが多いので、遠慮すると、
「金ならかかってないよ。もらったもんだもん。店ではもう出せないし、喰わなかったら捨てるしかないんだぜ」
「おれの気分だってあるだろ」
「気にすんなよ」
「おまえな」
「――ひとりで喰うのさびしんだ。レフと夕飯食べたいんだよ。おれの作るものに飽きたんなら、もうよすけどさ」
とかわいく拗ねる。
わたしには手許不如意という弱みがある。結局、うやむやになり、彼は食べものを持って通ってきた。そして、朝までいた。
「いたい、噛まない、噛まない」
リッチーの前戯は時々荒っぽい。噛んだり、ひっかいたり、たまに力あまって膝蹴りを食らうこともある。押さえつけておくのがたいへんだった。
「リッチー。それ勘弁してくれ。王手の前に力尽きちまうよ」
わたしが閉口して言うと、リッチーはおどろいた。
「ごめん。興奮しなかった?」
「AVの見すぎだ。ふつうでいい。ふつうで」
彼は幾分あわてて、ごめん、とわたしの胸についた歯型の後を舐めた。
長い睫毛を伏せ、機嫌をとるように舐めている。黒目がちの目を媚びるようにくるりとあげると、眉がちょっと下がり、仔猫に似て愛くるしい。
かわいかった。
仔猫リッチーが現れて、わたしのどん底に細い陽が差した。
わたしはまたアルバイトをはじめた。プライドのことはひとまずおいて、自然食品の店でのレジ打ちをした。ヒマな店で、空き時間にマンガの案をひねることが出来た。
だが、給料は安い。
ついに来たるべきものが来た。
「もうしわけありませんが」
家主の中年女性は礼儀正しかった。しかし、事情を説明しても、おだやかに「出ていかねば法に訴えることになる」と言った。
わたしは弱ってしまった。
いよいよホームレスだ。
その時、ちょうどリッチーが現れた。彼は事情を知ると、
「これで家賃にあててください。不足分はあとで払います」
と財布から100ドル札をあるだけつかみだし、彼女に渡した。
家主は金を受け取り、戸惑いつつも引き下がった。
わたしははずかしくて激怒した。
「おれはおまえのヒモじゃないぞ!」
ひとたび怒鳴ると止められなかった。はげしい言葉がおびえた犬の吼え声のように飛び出した。
恋人に食べものや金を出され、みじめだった。長い不遇がみじめで、泣きそうだったのだ。
リッチーは言い返しもせず、神妙に罵詈を浴びている。わたしが興奮しすぎてついに落涙しても、うつむき、こまったようにもじもじ手いたずらしていた。
「二度と来るな」
怒鳴りつけ、わたしは背を向けて泣いた。
醜態だ。
なにもかもわたしの不甲斐なさ、力のなさが悪いのだ。なにもかもわたしのせいだ。両親はきちんと育ててくれた。大学までやってくれた。喰えるようにスキルをつけてくれたのだ。
すべて自分のわがままとつまらないプライドのために、こんな窮地に追い込まれているのだ。
ふと、キッチンでカチャカチャ音がした。
いつのまにかリッチーがキッチンに立っていた。
(こいつ)
彼はまだいた。お湯をそそぐ重い音がして、コーヒーの香りが鼻をかすめた。
彼は自分でもコーヒーを飲みながら、マグをわたしの前に差し出した。
「気にすんなよ。芸術家にはパトロンがついているもんなんだぜ」
コーヒーは飲んだが、わたしはまだ不愉快だった。
「今度、返すからな」
「ああ。利子つけて返してくれ。十日で一割」
「た、高いだろう!」
ジョークなのに、つい目を剥いてしまった。彼は吹き出し、身をおってゲラゲラ笑った。わたしも苦笑し、ついつられた。
わたしたちはベッドにもつれこんだ。
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