にゃんにゃん恩返し  第4話

 
 それからは奇跡の連続だった。

 ウェイター・リッチーはおもちゃになり、絵本になり、文房具界にまで乗り込んだ。

 もちろんTシャツにもなった。人気女優がテレビドラマでそれを着ているのが映り、Tシャツが爆発的に売れた。

 その過程でイラストの絵柄から移民局の追っ手は消えた。かわりに神経質な店長が加わった。

 風刺色は極力薄められたが、わたしはそれほど苦しまなかった。わたしも罪のないかわいい絵柄が好きになっていたのだ。

 わたしは数ヶ月で信じられないほどの大金を手にしていた。
 世界中が遊園地に変わってしまったようだ。

 灰色の街にはあざやかな色がついていた。人々の顔つき、陽の光さえいっそう明るくなったように感じる。
 以前は道路ばかり見ていたと気づいた。別世界は数インチ上にあったのだ。

 しばらくは成金のように踊るまいとしていたが、わたしは少しずつ消費の味をおぼえ、ついにリッチーをつれて、ハワイに行った。

「見ろよ。ここにも売ってる!」

 リッチーははしゃいだ。「おれより先に来てるぜ」

 ホノルルはもちろん、マウイ島の小さなみやげもの屋にも、ウェイター・リッチーのTシャツやビニール・バッグが売っていた。

「すごいな。アメリカンドリームって」

 コバルトブルーの海を見つめ、リッチーがまぶしげに言った。
 その頬に触れると、日焼けして少し熱をもっている。黒い目がきらきらとかがやき、英雄を見るように甘かった。
 わたしは腹の底からいとしさが噴き上げてくるのを感じた。

 その唇を揉み潰すように口づけ、両腕で小柄を抱きしめる。砂の上に押し倒し、アロハのボタンをはずした。

「ちょっと、ここでは――アッ、この、変態」

 かろやかな笑い声がかわいい。その笑い声がしだいに熱っぽいあえぎにかわり、彼の四肢が魔物のようにからみつく。

「あ、ンッ」

 感じやすい乳首に舌を這わせ、軽く吸う。吸い、彼のジーンズのなかに手を差し入れる。陰毛に指をすべらせ、性器をつかむと、彼がわたしの手をおさえた。

「――レフ。ここじゃ」

「だれも来ない」

「はずかしいよ」

 言葉を封じるように彼の乳首を強く吸った。砂の上でリッチーが小さく悲鳴をあげ、のけぞりかかる。

 彼の乳首は小さな甘酸っぱい果実のように突き立ち、舌にはずむ。舌先でなかの硬い種子をなぶっていると、彼は悲痛な声をあげ、じたばたとあばれた。

「レフ。もう、もうわかった。早くして」

 なお乳首をしゃぶっていると、彼は、ちくしょう、と罵り、自分でジーンズを脱ぎ捨てた。パンツも蹴りすて、

「はやく!」

 と足を開く。

 わたしはドキンと心臓が響くのを感じた。
 砂の上で、無防備に開いた足がひどくエロティックだった。
 ふてくされたようににらむ顔。砂にじかに触れる裸の下半身。黒い陰毛の上に高く屹立したペニス。

 生唾を飲んで見とれていると、彼が真っ赤になってわめいた。

「スケベ! 早くしろって! おまわりが来たらどうすんだよ!」

 うおっと唸るなり、わたしは彼を襲った。

 砂が灼けて熱かった。潮騒がとどろくように鳴っていた。陽が素肌を灼き、脳をゆであげる。

「レフ、ああっ、ン――アアッ」

 リッチーの爪がシャツの下でわたしの背を鋭くえぐった。痛みは感じない。  わたしはハイスクールの小僧のように夢中だった。

 わたしは自由だった。
 笑いだしそうだった。

 ここは狭くて薄暗いアパートではなかった。ダニだらけのへこんだマットレスはなかった。
 清浄な白い砂浜が延々とつづき、隣にはかがやく大海原が広がっていた。

 そこでリッチーとふたりでいた。この惑星の持ち主のように、わたしたちは奔放に愛し合った。




「ここに住みたくなってきたよ」

 ハワイ滞在の最後の日、わたしは彼に言った。

 バルコニーに出て、ふたりで華やかなハワイの夕陽を見ていた。風がここちよく、わたしは幸せに酔っていた。

「いいんじゃない」

 リッチーはオレンジ色の海を見たまま答えた。「ここに住みなよ」

「きみは住まないのか」

「なんでおれが」

 彼はミネラルウォーターを一口飲み、言った。「あんたは住めばいい。おれはミネアポリスに帰るよ。仕事あるし、ここ物価高い」

「いっしょに暮らそう」

 わたしはずっと考えてきたことを口にした。

「リッチー。家族になろう」

 リッチーは海を見たまま、少し黙っていた。水を飲み、金銀に輝く夕陽に目を細めている。やがて、

「だめだよ」

 と言った。

「それはできない」

 彼がこんなにはっきりと断るとはおもわなかった。わたしは少なからずショックを受けた。

「どうして」

「簡単じゃないんだ。そういうことは」

「法的なことが面倒ならいいよ」

 わたしは言った。「教会に行こう。親戚も呼ばない。パートナーになる。それだけでいい」

 リッチーはまた水を飲んだ。だめだ、と言って、彼はバルコニーから出て行った。

 わたしは深く理由を聞かなかった。自分の痛みにうろたえ、彼の拒絶の裏になにがあるのか聞く勇気をもてなかった。



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