それからは奇跡の連続だった。
ウェイター・リッチーはおもちゃになり、絵本になり、文房具界にまで乗り込んだ。
もちろんTシャツにもなった。人気女優がテレビドラマでそれを着ているのが映り、Tシャツが爆発的に売れた。
その過程でイラストの絵柄から移民局の追っ手は消えた。かわりに神経質な店長が加わった。
風刺色は極力薄められたが、わたしはそれほど苦しまなかった。わたしも罪のないかわいい絵柄が好きになっていたのだ。
わたしは数ヶ月で信じられないほどの大金を手にしていた。
世界中が遊園地に変わってしまったようだ。
灰色の街にはあざやかな色がついていた。人々の顔つき、陽の光さえいっそう明るくなったように感じる。
以前は道路ばかり見ていたと気づいた。別世界は数インチ上にあったのだ。
しばらくは成金のように踊るまいとしていたが、わたしは少しずつ消費の味をおぼえ、ついにリッチーをつれて、ハワイに行った。
「見ろよ。ここにも売ってる!」
リッチーははしゃいだ。「おれより先に来てるぜ」
ホノルルはもちろん、マウイ島の小さなみやげもの屋にも、ウェイター・リッチーのTシャツやビニール・バッグが売っていた。
「すごいな。アメリカンドリームって」
コバルトブルーの海を見つめ、リッチーがまぶしげに言った。
その頬に触れると、日焼けして少し熱をもっている。黒い目がきらきらとかがやき、英雄を見るように甘かった。
わたしは腹の底からいとしさが噴き上げてくるのを感じた。
その唇を揉み潰すように口づけ、両腕で小柄を抱きしめる。砂の上に押し倒し、アロハのボタンをはずした。
「ちょっと、ここでは――アッ、この、変態」
かろやかな笑い声がかわいい。その笑い声がしだいに熱っぽいあえぎにかわり、彼の四肢が魔物のようにからみつく。
「あ、ンッ」
感じやすい乳首に舌を這わせ、軽く吸う。吸い、彼のジーンズのなかに手を差し入れる。陰毛に指をすべらせ、性器をつかむと、彼がわたしの手をおさえた。
「――レフ。ここじゃ」
「だれも来ない」
「はずかしいよ」
言葉を封じるように彼の乳首を強く吸った。砂の上でリッチーが小さく悲鳴をあげ、のけぞりかかる。
彼の乳首は小さな甘酸っぱい果実のように突き立ち、舌にはずむ。舌先でなかの硬い種子をなぶっていると、彼は悲痛な声をあげ、じたばたとあばれた。
「レフ。もう、もうわかった。早くして」
なお乳首をしゃぶっていると、彼は、ちくしょう、と罵り、自分でジーンズを脱ぎ捨てた。パンツも蹴りすて、
「はやく!」
と足を開く。
わたしはドキンと心臓が響くのを感じた。
砂の上で、無防備に開いた足がひどくエロティックだった。
ふてくされたようににらむ顔。砂にじかに触れる裸の下半身。黒い陰毛の上に高く屹立したペニス。
生唾を飲んで見とれていると、彼が真っ赤になってわめいた。
「スケベ! 早くしろって! おまわりが来たらどうすんだよ!」
うおっと唸るなり、わたしは彼を襲った。
砂が灼けて熱かった。潮騒がとどろくように鳴っていた。陽が素肌を灼き、脳をゆであげる。
「レフ、ああっ、ン――アアッ」
リッチーの爪がシャツの下でわたしの背を鋭くえぐった。痛みは感じない。 わたしはハイスクールの小僧のように夢中だった。
わたしは自由だった。
笑いだしそうだった。
ここは狭くて薄暗いアパートではなかった。ダニだらけのへこんだマットレスはなかった。
清浄な白い砂浜が延々とつづき、隣にはかがやく大海原が広がっていた。
そこでリッチーとふたりでいた。この惑星の持ち主のように、わたしたちは奔放に愛し合った。
「ここに住みたくなってきたよ」
ハワイ滞在の最後の日、わたしは彼に言った。
バルコニーに出て、ふたりで華やかなハワイの夕陽を見ていた。風がここちよく、わたしは幸せに酔っていた。
「いいんじゃない」
リッチーはオレンジ色の海を見たまま答えた。「ここに住みなよ」
「きみは住まないのか」
「なんでおれが」
彼はミネラルウォーターを一口飲み、言った。「あんたは住めばいい。おれはミネアポリスに帰るよ。仕事あるし、ここ物価高い」
「いっしょに暮らそう」
わたしはずっと考えてきたことを口にした。
「リッチー。家族になろう」
リッチーは海を見たまま、少し黙っていた。水を飲み、金銀に輝く夕陽に目を細めている。やがて、
「だめだよ」
と言った。
「それはできない」
彼がこんなにはっきりと断るとはおもわなかった。わたしは少なからずショックを受けた。
「どうして」
「簡単じゃないんだ。そういうことは」
「法的なことが面倒ならいいよ」
わたしは言った。「教会に行こう。親戚も呼ばない。パートナーになる。それだけでいい」
リッチーはまた水を飲んだ。だめだ、と言って、彼はバルコニーから出て行った。
わたしは深く理由を聞かなかった。自分の痛みにうろたえ、彼の拒絶の裏になにがあるのか聞く勇気をもてなかった。
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