探偵社からはすぐ連絡があった。
「申しわけございませんが、この件はお受けできません」
しつこくたずねても、理由を言わない。勝手に切ってしまい、以後電話口に出なかった。しかたなく、別の探偵社に頼んだが、結局、そこでも同じ扱いを受けた。
あのデザイナーがそれほど恐ろしいというのだろうか。
警察に行くことも考えたが、リッチーが困るかもしれないと思うと二の足を踏む。彼にふたつ名前があるとわかった以上、うかつなことはできなかった。
三件目、小さな探偵社に、前二社が断った理由をつきとめろ、と依頼した。
数日後、その探偵はわけを明かした。
「この件はどこへもっていっても歓迎されませんね。裏社会がからんでますから」
あのデザイナーはある人身売買組織から、ハンサムな男たちを買って屋敷に住まわせていた。その巨大組織には政府がからんでおり、近づく者を音もなく消し去るという。
「もちろん、弊社でもこの件はお受けできません。もし、どうしてもお調べになるのでしたら、ご自分でどうぞ」
探偵はデザイナーが今、泊まっているホテルを教えた。
デザイナーはミシシッピー川をはさんだ向かいの市、セントポールの高級ホテルにいた。
わたしは悩んだ末、直接交渉に出ることにした。
(まったく、おれは何様だろう)
豪華なホテルのロビーに入って、自分にあきれた。
わたしはふだん机の上で絵を描いているおたくだ。車のセールスマンだった頃とてそれほど優秀だったわけではない。直接交渉? どこにそんな弁論術があるのだ。
しかも買うのは人間だ。
(人間なんて買えるものなのか。どんな値段がつけられるっていうんだ)
自分にうそ寒ささえ感じながら、エレベーターをあがる。しかし、デザイナーの泊まるフロアにはメイン・イン・ブラックのようなボディ・ガードが立ちはだかり、
「アポイントのない者を通すわけにはいかぬ」と言った。
わたしは大事な用だと言いつのったが、丁重にエレベーターに押し込まれてしまった。
やはり、にわか弁護士では間に合わなかった。
だが、エレベーターが一階まで降りてきた時、奇跡が起きた。
「降りないんですか」
目の前に当の大男が突っ立っていた。
先日とちがい、すっきりした顔をしていた。柔和なスマイルさえ浮かべている。
わたしは途端にのぼせあがり、どもった。
「み、ミスター・コラヤンニ。お話があります」
大男は眉をひそめた。
「リッチー・フェロンのことです」
「だれです?」
「リ、シェパードです。ノーマンズ・キッチンのウェイターの」
「――」
「彼を買い取りたい。全財産出してもいい。彼を売ってくれ!」
コラヤンニはわたしをホテルのカフェに誘った。
わたしは金がいくらあるか説明しつづけた。自分は成功したマンガ家で、キャラクター使用料がいくらいくら入ってきて、これはまだまだ増えつつあるのだと。まだ成立していない企画、海外進出の話もまじえ、とりつかれたようにしゃべり続けた。新車のセールスだったら、マズすぎるやり方だ。
大男はニヤニヤしながら聞いていた。
「あれと引き換えにそれ全部、くれるって?」
「そうです」
「ばかな人だねえ」
大男はやわらかい声で、クスクスわらった。怒っていない彼はややカマっぽかった。
「あの子はかわいい。売れないね」
彼はあやしげな笑いを浮かべて言った。「さあ、どうする」
嬲られているのがわかり、にわかに怒気がきざした。わたしは低くうなり、
「あんたを殺す」
と言った。
大男の口もとが吊り上がり、笑いじわがよる。「それはそれは」
「おれも殺されるって言うんだろう。だが、リッチーは解放される」
「あれにそんな値打ちがあるのかね」
「ある」
彼は長いからだをくねらせて笑った。
「かわいらしい」
彼はわたしの太腿に手を置いた。「わたしの部屋へきたまえ。面白いものを見せてあげよう」
わたしはコラヤンニのスウィートに通された。
「おどろかないでくれよ」
コラヤンニはそういい、先に立った。深い絨毯を踏んで歩くと、広いリビングが開ける。その絨毯にはだかの男がふたり寝そべっていた。
わたしは息をつめた。
黒い髪を見て、一瞬、リッチーかと思ってしまった。
ふたりの男はわたしたちに気づくと、くるっと起き上がり、四つん這いになって近づいた。
わたしはショックを受けた。
噂には聞いていたが、本当に首輪を嵌め、床を這っている。そのひとりがわたしに近づき、靴先にキスした。
わたしはおもわず飛びのいてしまった。
「おやおや」
コラヤンニは苦笑し、席をすすめた。ソファに腰を下ろすと、
「SMはきらいか?」
「きらいですね」
「そう? あんたのリッチーはそうは言わないとおもうがね」
わたしはあまりに不快で吐きそうだった。いったいなにが言いたいのだ。
「見せたいものってなんですか。こういう悪ふざけのことなら、興味はありません」
「もっと面白いものだよ」
彼は小さな携帯電話を取り出し、少し目から放して番号を探した。
「あれをここへ呼んであげよう」
わたしは少しあわてた。リッチーに知られたくはなかった。この場に呼ばれれば、彼とてたまらないだろう。
(――いや。これで終りにするんだ)
わたしが金を払ったことを、彼は知ったほうがいい。はっきりさせないと、ごまかされてまたいいように呼び出されてしまう。
「やあ。コラヤンニだ。――ふむ。けっこうだ。――いや。ここへだ。ここへ――。ひさびさに味をみたいんだよ。――わかった。8時だね。待ってる」
彼は電話を切り、わたしに言った。
「事情が変わった。8、いや7時にもう一度きたまえ。ちょっとしたショーをお見せする」
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