にゃんにゃん恩返し  第7話

 
 探偵社からはすぐ連絡があった。

「申しわけございませんが、この件はお受けできません」

 しつこくたずねても、理由を言わない。勝手に切ってしまい、以後電話口に出なかった。しかたなく、別の探偵社に頼んだが、結局、そこでも同じ扱いを受けた。

 あのデザイナーがそれほど恐ろしいというのだろうか。
 警察に行くことも考えたが、リッチーが困るかもしれないと思うと二の足を踏む。彼にふたつ名前があるとわかった以上、うかつなことはできなかった。

 三件目、小さな探偵社に、前二社が断った理由をつきとめろ、と依頼した。
数日後、その探偵はわけを明かした。

「この件はどこへもっていっても歓迎されませんね。裏社会がからんでますから」

 あのデザイナーはある人身売買組織から、ハンサムな男たちを買って屋敷に住まわせていた。その巨大組織には政府がからんでおり、近づく者を音もなく消し去るという。

「もちろん、弊社でもこの件はお受けできません。もし、どうしてもお調べになるのでしたら、ご自分でどうぞ」

 探偵はデザイナーが今、泊まっているホテルを教えた。




 デザイナーはミシシッピー川をはさんだ向かいの市、セントポールの高級ホテルにいた。
 わたしは悩んだ末、直接交渉に出ることにした。

(まったく、おれは何様だろう)

 豪華なホテルのロビーに入って、自分にあきれた。
 わたしはふだん机の上で絵を描いているおたくだ。車のセールスマンだった頃とてそれほど優秀だったわけではない。直接交渉? どこにそんな弁論術があるのだ。
 しかも買うのは人間だ。

(人間なんて買えるものなのか。どんな値段がつけられるっていうんだ)

 自分にうそ寒ささえ感じながら、エレベーターをあがる。しかし、デザイナーの泊まるフロアにはメイン・イン・ブラックのようなボディ・ガードが立ちはだかり、

「アポイントのない者を通すわけにはいかぬ」と言った。

 わたしは大事な用だと言いつのったが、丁重にエレベーターに押し込まれてしまった。
 やはり、にわか弁護士では間に合わなかった。

 だが、エレベーターが一階まで降りてきた時、奇跡が起きた。

「降りないんですか」

 目の前に当の大男が突っ立っていた。
 先日とちがい、すっきりした顔をしていた。柔和なスマイルさえ浮かべている。
 わたしは途端にのぼせあがり、どもった。

「み、ミスター・コラヤンニ。お話があります」

 大男は眉をひそめた。

「リッチー・フェロンのことです」

「だれです?」

「リ、シェパードです。ノーマンズ・キッチンのウェイターの」

「――」

「彼を買い取りたい。全財産出してもいい。彼を売ってくれ!」




 コラヤンニはわたしをホテルのカフェに誘った。

 わたしは金がいくらあるか説明しつづけた。自分は成功したマンガ家で、キャラクター使用料がいくらいくら入ってきて、これはまだまだ増えつつあるのだと。まだ成立していない企画、海外進出の話もまじえ、とりつかれたようにしゃべり続けた。新車のセールスだったら、マズすぎるやり方だ。
 大男はニヤニヤしながら聞いていた。

「あれと引き換えにそれ全部、くれるって?」

「そうです」

「ばかな人だねえ」

 大男はやわらかい声で、クスクスわらった。怒っていない彼はややカマっぽかった。

「あの子はかわいい。売れないね」

 彼はあやしげな笑いを浮かべて言った。「さあ、どうする」

 嬲られているのがわかり、にわかに怒気がきざした。わたしは低くうなり、

「あんたを殺す」

 と言った。

 大男の口もとが吊り上がり、笑いじわがよる。「それはそれは」

「おれも殺されるって言うんだろう。だが、リッチーは解放される」

「あれにそんな値打ちがあるのかね」

「ある」

 彼は長いからだをくねらせて笑った。

「かわいらしい」

 彼はわたしの太腿に手を置いた。「わたしの部屋へきたまえ。面白いものを見せてあげよう」




 わたしはコラヤンニのスウィートに通された。

「おどろかないでくれよ」

 コラヤンニはそういい、先に立った。深い絨毯を踏んで歩くと、広いリビングが開ける。その絨毯にはだかの男がふたり寝そべっていた。

 わたしは息をつめた。
 黒い髪を見て、一瞬、リッチーかと思ってしまった。

 ふたりの男はわたしたちに気づくと、くるっと起き上がり、四つん這いになって近づいた。

 わたしはショックを受けた。
 噂には聞いていたが、本当に首輪を嵌め、床を這っている。そのひとりがわたしに近づき、靴先にキスした。
 わたしはおもわず飛びのいてしまった。

「おやおや」

 コラヤンニは苦笑し、席をすすめた。ソファに腰を下ろすと、

「SMはきらいか?」

「きらいですね」

「そう? あんたのリッチーはそうは言わないとおもうがね」

 わたしはあまりに不快で吐きそうだった。いったいなにが言いたいのだ。

「見せたいものってなんですか。こういう悪ふざけのことなら、興味はありません」

「もっと面白いものだよ」

 彼は小さな携帯電話を取り出し、少し目から放して番号を探した。

「あれをここへ呼んであげよう」

 わたしは少しあわてた。リッチーに知られたくはなかった。この場に呼ばれれば、彼とてたまらないだろう。

(――いや。これで終りにするんだ)

 わたしが金を払ったことを、彼は知ったほうがいい。はっきりさせないと、ごまかされてまたいいように呼び出されてしまう。

「やあ。コラヤンニだ。――ふむ。けっこうだ。――いや。ここへだ。ここへ――。ひさびさに味をみたいんだよ。――わかった。8時だね。待ってる」

 彼は電話を切り、わたしに言った。

「事情が変わった。8、いや7時にもう一度きたまえ。ちょっとしたショーをお見せする」




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