第7話 |
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ハスターティは当然、我が家にきた。 だが、主人は認めなかった。 「なにかの間違いだ。うちの犬は知らんと言っている」 政治家らしい厚顔無恥でシラをきり、追い返した。 「まずいことをしてくれたものだ」 ハスターティが去ると、主人は頭を抱えた。 おれはその前でぼんやり突っ立っていた。 やらかした所業は洗いざらい話した。この後は処分だ。薬殺か、トルソーか。最悪、売り戻しだ。 「おまえが闘犬だということを忘れていた」 主人はおれの前に立ち、二度、三度、平手でおれの頬を張った。 「ばかめ。部屋へ戻っていろ」 ところが、その後数日、処分らしい処分はなかった。 それどころか、何に興趣を感じたのか、夜はまたおれが呼ばれるようになった。 使用人たちも事件の噂を聞き、おれにちょっかい出してこなくなった。 アキヅキ子爵家からも正式な抗議が来ない。当主が日本にいるらしく、まだ動けないようだった。 死も来ない。変化も来ない。宙ぶらりんの日が続く。 主人の寝室から自室に戻った。部屋の室内灯をつけようとした時だった。 窓辺に人の陰が黒々と浮き上がっていることに気づいた。 「――」 おれは気づき、棒立ちになった。 月光がわずかにその輪郭をかたどっている。あの男の姿を映し出していた。 おれは影を凝視したまま動けなかった。息すらできなかった。 あの夕暮れの広場にいた死神がそこに寄りかかっていた。 影はふいに闇に大きく溶け込んだ。ゆっくりおれに近づいてきた。 「遅くなったな」 おだやかな声がいった。 仕返しにきた。 影の手が光ったように見えた。 おれは呆けたまま動けなかった。それがドレスの胸元を切り、布が剥がれ落ちた時、はじめて意識がからだに戻った。 自分の奇怪な乳房。さきまで主人に吸われていた大きなつくりものの胸があふれ出た。 影が沈黙する。 おれははじめて、ちぢむように手で胸を隠した。見られたくない。広場で会った時はこんなものはなかった。 「――」 おれはうつむいた。みじめだった。罪科をさらされた罪人のように、おれは胸を覆って立っていた。 ふと、影がおれの耳をつかみ、あごを引き寄せた。やわらかい唇が息をふさいだ。 戦慄が走った。 あたたかい。慈悲のように甘い舌に眩んだ。頭の芯に光が生まれ、蜜となって流れていく。 一世紀の空白が過ぎた。一切の重力から解き放たれた空白。 細い指が胸を包んでいた。手はおれを責めていなかった。 肩がふるえた。おれは陶然と嗚咽していた。 からだが仔犬のように叫んでいた。置いていかないでくれ。もう置いていかないでくれ。 |
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