第5話


「いい年頃の男が、毎週ホテルに通いつめ、温泉につかるでもなく、部屋にこもっているんだ。何かあるとは思ったさ」

 白い朝日の落ちるダイニングで、おれはぼんやりと喬任の声を聞いた。

 コーヒーカップを浮かせ、窓の外の庭を見ていた。 喬任を見ることはできなかった。彼のきれいな顔が、なぜか浅黒いペニスに見えた。

「何もなくても、夜這いをかけるつもりではいたけどね」

 おれはガチャンと音をたてて、カップをおいた。ひとが聞いたらどうするのだ。
 おれは声をひそめた。

「どうやって入ったんです」

「マスターキーをコピーしたんだよ。ベッドメイクにきたメイドから」

 鼻から力がぬける。なんというセキュリティの甘さだ。
 二度とここには来ない。いや、もうどこにも行くまい。家に帰ってふとんかぶって寝ていたい。

 ――それよりもまず病院だ。

 尻の穴につっこまれたのだ。それもほかの男のケツにつっこんだやつを。早く血液検査しなければ。
 だが、喬任はハムエッグを食べながら、

「あとで、あのピンポン玉で遊ぼうか」

 おれは飛びあがりそうになった。

「喬任さん」

 声を押し殺して言った。

「二度と、しません。二度と。もう、これでおわりです。忘れてください」

「――」

「でなければ、ぼくは辞めます。本気です」

「――パパになんていう?」

 喬任が卵を食べながら、目をあげる。

「ひとりでオモチャで遊んでたら、レイプされたから辞める? おれが言ってあげようか」

 おれは彼を睨んだまま、ふるえかかっていた。親父に知れたら、それこそ一巻の終わりだ。

「い、言えるわけがない」

「言えるよ。まあ、お父さんは怒るだろうが、おれは殴られるぐらい、全然かまわない。訴えられることはないだろうし」

 おれはあえぎそうになった。だんだん、おそろしい事実がわかってきた。
 この男はおれの弱みを握ったのだ。おれに決定権はないのだ。

「喬任さん――」

 つい、懇願口調になった。

「ホントに勘弁してください。あなたには恋人がいるでしょう?」

「恋人はいない」

「マイク」

「マイクは――」

 彼は言葉を選んだ。「セフレ」

 最低だ。だから、ホモは嫌いなんだ。
 だが、そんなことを言っている場合ではない。

「ぼくは、その、ああいうことは――」

「ああいうことは?」

「――ひとりでやりたいんです!」

 何を言ってるのだ、おれは。こんなこと言わなくていい!
 喬任も噴き出した。声をたてて笑った。

「いい趣味だ。だけど、これからは禁止だ。ああいう道具をずっと使ってると感度が鈍くなる。あれは預かるよ」

(は?)

「家にも隠し持っているなら、それも持ってきて。使うときは、おれが指示する。エロビデオも禁止な。耳年増になるばっかりだ」

「ちょっと待って」

「それと、ケイはスタミナがなさすぎる。カキでもなんでも食べて、スタミナつけたほうがいいな。おれは三度以下じゃ満足しない」

 おれはさすがに据えかねた。

「あんた、――おれの男になったつもりかよ」

「男?」

 喬任は明るく笑った。

「いいや。ご主人様だ」




(なんで、こうなっちゃったんだ?)

 喬任の舌が口のなかをなぞりあげている。やつの重いからだがおれの上にのしかかっている。

 おれの手首は縛られ、背中の下でつぶれていた。
 足はカエルみたいにひらいていた。足の間にやつの太ももが嵌って、閉じることができない。

 股間に、やつの熱いペニスを感じる。それとわかるほど、高温で、かたい。

(ああ、なんで)

 不気味な感触に、おれは泣きたくなった。
 なぜか、おれはまだホテルにいた。なぜか、また喬任にのしかかられていた。

 朝食のあと、おれは彼を振り切って部屋に帰った。チェックアウトしようと荷物をまとめた。だが、気づいてへたりこんでしまった。バッグからオモチャ一式が消えていた。

 その後、喬任が来た。おれは言葉を尽くして頼み、しまいには土下座せんばかりに懇願したが、喬任はピンポン玉をはじきながら、わらっていた。

 わらって抱きすくめてきた。おれが出来たのは、せめて病院にいかせてくれ、とわめくことだけだった。

 ふがいない。
 やつの大きな舌に耐えながら、おれは自分のバカさをのろった。
 なんで、病院から律儀に帰ってきたりしたんだろう! なんで、そのまま逃げなかったんだろう!

「ケイは臆病だ」

 喬任が唇を離して笑った。

「人一倍臆病で奥手。そのくせ妄想たくましいバージン。からだもすごくちぐはぐだ。おもしろいね」

「!」

 足の付け根にやつの手のひらを感じて、すくみあがった。指が内ももを這い、会陰をなぞっている。爪が肛門に入り込もうとする。

(……!)

 おれは括約筋をきつくしめた。だが、指はジェルでぬめっていた。難なくはまり込み、ぬるぬると直腸の内側にもぐりこんだ。

(アア)

 おれは目をかたくつぶり、肩をこわばらせた。
 粘液のまきついた太い指が肉をおしひろげ、腹のなかを撫で回す。かたい指の節を感じる。他人の体温を感じる。

 喬任はまた口づけてきた。
 息苦しかった。おれは鼻で息して、懸命に伸び上がっていた。

 ぬめった指はすぐに二本に増えて、腸のなかで虫のように屈伸していた。かすかに音がする。ジェルと密着した肉のたてる湿った音がする。

(ヒ、そこは!)

 敏感な部分をなぞられ、腰が跳ねた。
 だが、二本の指は得たりとばかりにそこを揉み込む。粘液をこね、なでまわし、渦をまく。

(い、ア――)

 口をふさがれ、鼻からおかしな声がもれてしまう。せりあがって逃げようとするが、骨盤が揺れただけだ。

 ペニスが痛む。喬任の股に当たり、擦られ、甘い痛みがざわめいている。
 目から力がぬけていた。光の塊が尾てい骨にふとくたまりはじめた時だった。

「締まりがいいね」

 顔のすぐ上で喬任がクスクス笑った。

「あんなでかいバイブ使ってるわりに、広がってない」

(!)

 カッと血がさしのぼった。
 喬任はささやいた。

「いつもあれでどうやってるんだ? ここに、あれを咥えて、何考えてる? 荒々しく縛り上げられて、無理やり強姦? 輪姦?」

「喬任さん」

 おれはあえいだ。何言い出すんだ、こいつ。

「おねがいです。黙って!」

「え?」

 喬任はニヤニヤわらった。

「あれはじつに素敵な眺めだったよ。いつもクールなきみが、自分でリモコンをいじりながら、とらわれの乙女みたいに悲劇的によがって、腰をふって、アンアン鳴いて」

 頭のなかが真っ赤になった。からだ中が酸で溶かされるようだ。

「甘ったれた、かわいい声で」

「だまれ!」

 おれは恐慌をきたしかけた。鼻にかかった自分のあえぎ声を聞いた気がして、戦慄した。

「いったい――」

「やめてくれって言ってるだろう!」

 喬任が笑って、無造作におれの口にタオルをつめる。すぐ顔の真上から見下ろし、

「ピンチもあった。あれで乳首をはさんで、誰かに吸われている気分を味わってたのか。それはひとりの男? ふたり?」

 熱した油のなかにいるようだ。恥ずかしさと憤り、無力感で、もはや悲鳴すらあげられなかった。息もできない。

「夢の強姦魔はきみになんて言ってくれるんだい? ここを、オモチャで責めながら、きみは自分になんて言って辱めるんだ?」

 喬任はだまった。
 おれは泣いていた。耐えられなかった。タオルを咥えたまま、恥ずかしさに怒り悶え、ぽろぽろ涙を落としていた。
 喬任は頬にキスした。

「かわいいよ」

 にわかに欲情したように、いくつもキスを落とした。

「すごくかわいい」

 彼は身を起こすと、いきなりひとの足首をつかみ、からだをふたつに折り曲げた。尻の穴が高く天をむく。

「!」

 背中にクッションを押し込まれる。喬任は無防備に突き上げられた陰部に、そのまま襲い掛かってきた。

「ッ!」

 おれは癇癪を起こし、暴れた。

(いやだ。バカ! おまえなんか大嫌いだ。あっちにいけ!)

 だが、太ももをつかまれ、尻肉がひらかれた。すぐぬめった亀頭が肛門を無理やり押し開いてつきとおった。

「ンーッ!」

 反射的に膝が跳ね、下肢が踊る。
 喬任の強い腕が肩をつかみ、潰すようにシーツに押しつける。
 くさびが、深く腰に入ってくる。骨盤すら割り開いてくる。

 おれは怒号し、睨んだ。喬任の黒い目が異様に光っていた。
 その息が荒かった。彼のペニスはすぐに走りだした。覆いかぶさり、跳ねるように腰を打ちつける。

(ちくしょう)

 熱い生肉が尻のなかを飛ぶように跳ねている。密着した肉からジェルの噴き出る卑猥な音がたつ。
 荒い息、強引なペニスの痛打。痛い。痛くて、熱い。すごく熱い。

(ひっ、イ、や)

 おれは顔をゆがめた。
 あのやわらかい部分を打たれていた。打たれるごとにおぞけのような快感の波が襲ってきていた。細胞が騒ぎたて、息がくるしかった。
 喬任の顔が目の前にある。揺さぶりながら、食い入るようにおれを見ている。

 ――こいつ!

 この男はドSだ。ひとを泣かせて欲情する変態だ。本物の異常者だ。
 やっぱり、おれには耐えられない。おれはおっさんたちのほうがいい!



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