第7話 |
||
「いやです。ばかばかしい! もううんざりです! もう絶対聞きません! そういう変態プレイはよその人とやってください!」 おれは声を荒げて食ってかかるようになった。ひどく不安だった。なぜか、アメリカ人のように手をふりまわして、わめいてしまう。 喬任はきれいな顔をくずさない。 「もういいか。やれ」 「やりませんてば!」 「やらないと、――罰だ」 おれはあざわらった。 「親父にいいますか。いいですよ。おれはシラをきります。それでおわりですよ」 喬任は眉をつりあげて、おれを見た。 三十分後、おれはキャビンの中で、うろたえきっていた。 船の外から人声が聞こえる。町の音が聞こえる。 船はどこかの港についていた。壁のすぐ向こうに人の声がした。 おれは全裸だ。ディレクターズチェアに縛りつけられ、足をひらかれていた。 ペニスにはローターがテープでとめられている。尻穴におれの買ったパールバイブをつめられ、重い音を響かせていた。 壁一枚の外では、喬任と別の男がほがらかにしゃべっていた。 「ヘリポートなんかついてないですよ」 「でも、あれだろ。ジャグジーとかプールとかつけてんだろ」 「そんな広くはないんですって。二十三フィートしかないんですから」 「何億くらいすんの?」 おれは恐慌をおこす寸前だった。 現実の日常がすぐそこにある。健康で明るい世界がまわりをとりまいている。 股の前は濃い遮光ガラスの船窓があった。そこに人間の気配がある。窓の外から誰かがひょいとのぞきみたら、おれは破滅するのだ。 (いやだ。絶対、いやだ) タオルのさるぐつわのなかで、おれはふるえた。ローターの音が響きすぎていた。尻の中のバイブのたてる振動音が大きすぎる。 しかも――。 (ア……) 心臓はすくみあがっているというのに、機械の振動でペニスはまるまると太り、おろかしく突き立っていた。卑猥な汁にぬれ、射精感が疼き、ひくひくと腹筋が振れている。このままだと射精してしまう。 (絶対……だめだ……) 「いいよなあ。おれもそういうの欲しい。ちょっと中見してくんない?」 「いいですよ」 喬任の足音が動いて、おれは耳をうたがった。中を、見せる? 開けるのか。この姿をひとに見せるのか。 そこまでやるのか。おれは動転し、必死にもがいた。軽い椅子は少し揺れたが、いましめははずれない。 別の男の足音が降り立つ。笑い声がする。 もうすぐその目が丸くなる。口があんぐりとひらく。おれは悲鳴をあげそうになった。 いやだ。絶対。やめてくれ! たすけて! 船室のドアがあいて、喬任のからだが半分入った。おれを一瞥すると、外の男に言った。 「ごめん。彼女、着替え中だった」 男は笑い、女連れだったのかよ、と文句をいいつつも戻って行った。 「来い」 おれはラウンジの床に手をつき、喬任の足元まで這った。 「歩け」 喬任が歩き出す。おれも歩かなければならない。四つんばいで。 ばかばかしい、と言ったせいで、港の露出の罰にあった。あの後、喬任は『次は本当に人を入れる』と脅した。おれは負け、泣いてご主人様に謝る次第となった。 「おそい」 喬任はつかつか歩く。おれは手とひざを使わなければならない。どうしても遅れる。まぬけなプレイをさせられている恥ずかしさもあって、どうしても敏捷には動けない。 喬任はため息をついた。 「また、罰が必要だな」 「!」 おれはうろたえて首を振った。 「ちゃんとやります。ちゃんとやりますから」 「また船を戻すのは面倒だ。もっとカンタンにやる」 彼はおれの首に縄を一本まきつけると、その端をとった。 「こっちおいで」 キャビンのまわりのデッキは熱く焼けていた。ここにはチーク材が貼っていない。手のひらをつくと火傷しそうだ。 だが、彼はさっさと歩き、縄を引いた。 「あつッ、アッ」 「そんなに熱くないし、熱いのが罰というわけじゃない。だが、ここでとろとろやっていると、その首に縄の痕が白く残る」 おれはぞっとして喬任を見上げた。彼の顔は強い逆光の陰になって見えなかった。 「来い」 喬任は歩き出した。おれは手とひざを懸命に動かした。 熱い陽の塊が背を灼いている。はだかの尻を灼いている。手足を動かすたびに、ペニスと陰嚢がゆれ、潮風に触れた。 ペニスが重く揺れる感覚が、裸だということを強く意識させる。裸で、まぬけな格好をさせられている。 だが、逆らえずにいる。罰がこわいのではなく、からだが聞く姿勢になってしまっている。得体の知れない糸にからめとられたように、頭があがらない。 「よし」 喬任は止まり、なにかを放った。白いピンポン玉がころころとデッキをころがった。 「取って来い」 おれは喬任を見返してしまった。 喬任の目が静かに見ている。沈黙が、たずねている。 おれはかすかに息をふるわせた。脳が白く痺れていた。 自然と頭が重く下がった。頭をたれ、デッキの床を這い、船べりのほうへ向かった。 喬任の視線を感じた。四つんばいの自分の姿を感じた。尻の穴、揺れる陰嚢を感じた。 ピンポン玉は船の動きにあわせて、ころがり、止まった。おれは口でピンポン玉を咥えた。 手とひざで這い、喬任の足元に戻った。 彼の靴の前にピンポン玉をおろす。そのままその白い玉を見つめ、ぼんやりしていた。 喬任の手がおれの顔をつかみ、軽く頬をなでた。 船の中では四つんばいでいることを強いられた。 床におかれた皿から水を飲ねばならず、飯も皿に顔を突っ込んで喰わねばならない。食べ物やケチャップで顔をべたべたにして、喬任に拭いてもらうのだ。 あごを差し出し、他人の手が顔をぬぐうのに任せる。何度かぬぐわれているうちに、母親にされているように任せきっている自分に気づく。 (おれ、大丈夫か?) 遠くでずっと不安なサイレンが鳴っている。 ――人間としてとんでもないことになっているぞ。陸からたった三日離れただけで。 (海だから。これは、新興宗教のようなもので、密室だから起こる催眠状態で) 理性は、懸命に理屈を言い立て、防衛している。自分が正気だと主張しようとしている。 だが、妙な瞬間があった。 「ああ。ッ、つあ!」 喬任の膝にうつぶせ、おれはわめいた。喬任の大きな手がパンパン尻を叩いている。痛いが、我慢できないほどではない。だが、おれは腰をくねらせ、大げさに痛がってわめいた。 「ケイの尻はかわいいね。小さいが丸い。ボールみたいに手が跳ね返るよ」 「も、もうやめてください。もう」 「犬はしゃべらない」 喬任は尻をたたくのが好きらしい。お仕置きともいわず、ただ太鼓でも打つように楽しげに叩く。 皮膚がヒリヒリする。打たれるたびに痛みが沁みる。 「アアッ、い、アアッ」 だが、おれの声は大きすぎる。痛みにたいして、騒ぎすぎる。 おれは喬任の膝に預けきっている。強い膝に重く倒れ、うなじをたらし、恥部をさらし、打たれるごとにひざを泳がせている。ペニスを振っている。 「やアアッ」 嬌声のような悲鳴がほとばしる。 何かがマヒしている。宙に浮き、抱きかかえられ、おれは引力から自由になっている。奇怪な、無音の世界を遊泳している。 おれは情けない声をあげて泣く。身を跳ね、尻をくねらせ、ペニスを振り、哀願する。主人の足元に這いつくばる。 そんな、甘い忘我の瞬間が、多くなってきていた。 |
||
←第6話へ 第8話へ⇒ |
||
Copyright(C) FUMI SUZUKA All Rights Reserved |