第8話 |
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船の前に緑深い島があった。 「船着場はあるが、浜から少し遠い。そっちは人もいるしね」 喬任は島から少し離れた場所に船を泊め、碇をおろした。 「あそこ」 と白い沿岸を指す。 「砂浜がある。遠浅になっているからこのままは進めないな。夜になったら、ゴムボートで乗りつけよう」 おれはさして興味がなかった。それよりも尿意のほうがせっぱつまっていた。 ご主人様のサンダルにこぶしをのせて、見上げる。 「おしっこか。いいよ」 喬任はポリバケツをデッキにおいた。おれはこれに跨って用を足すのである。 プラスチックの壁を尿が叩く音が長く続く。おれはうつむいているが、主人の目がそそがれているのを感じる。その視線に腹の中が不思議な熱でよどむ。 おわるとバケツの横に犬座りして見上げる作法になっている。 (……) 頬に血がさしのぼる。 自分の小便のわきに座り、主人のきれいな顔を見つめる。その静かな黒い目に見つめられると、ふるえそうになる。自分がひどく小さくなったように感じる。 喬任はおれの頭を無造作に撫で、バケツの汚水を海に放った。 海に出て六日目。 おれは現実から遠く離れたところにいた。床を這い、人の手から食べ、バケツに排泄した。 理性にも霞がかかっていた。当然のように手とひざで這っていた。 手首を胸の前でちょいと曲げて、身をおこしても、誰も笑ったりしない。大きな手が頭をくしゃくしゃと撫でた。腹を撫で、ペニスを揉んだ。 おれは熱いデッキにひっくりかえって、股をひろげ、主人の愛撫に甘ったれたあえぎをもらした。 (もっと、もっと――) なまなましい自己嫌悪の声はまだ聞こえた。あとで絶対後悔するとわかっていた。 だが、船の上は光であふれていた。おれを責める人間はいなかった。 「飯を食ったら、最後のテストをしよう」 主人はおれの皿にパエリアを山のように盛って、言った。 「成犬審査。ケイがいい犬になったか、見きわめる」 なんの意味だかわからなかった。だが、心配してもムダだ。 おれはコンソメスープをぴちゃぴちゃと舌でなめとり、熱いパエリアの山に鼻をつっこんだ。 海も島も黒かった。 だが、月と、あきれるほど多い星明かりのせいで、黄色いゴムボートとパドルをあやつる喬任の肩がはっきり見えた。 おれはボートの隅にひざをたてて座っていた。手は背中で枷がかけられている。腹がくるしく、身をちぢめられずにいた。尻からピンポン玉を八つもつめられていた。 「よし。立って」 喬任はおれの首縄をとると、ゴムボートからおりた。そこは浅い砂浜で、降り立つと足裏を水流とともに砂が崩れた。 喬任はゴムボートをひき、おれの首縄をとって浜へ歩き出した。 浜は一角は明るく照らされている。船上のライトの明かりがそこだけひっかかって、浮き立たせていた。 おれは後ろ手で縛られたまま、張った腹をかがめて、よたよた歩いた。 星明りがこわかった。月が明るすぎる。 歩くごとに眠っていた理性が目を覚まし、うろたえ出した。足の下に動かない大地があった。ここは外なのだ。 島だ。この島には人が住んでいる。人間の生活がある。誰かが通りかからないともかぎらない。本土からキャンプしにきている人がいるかもしれない。警察もいるかもしれない。 波のなかを歩きながら、おれはあえいだ。 (なにやってんだ。なにやってんだ。おれ) ペニスに波の飛沫があたっていた。腹が妊婦のようにふくれあがっているように感じる。直腸にピンポン玉がおりてきている。肛門に挟まっている。 (こんな格好で、だれかに――) 喬任の黒い影が浜へと向かっていた。白い波打ち際を歩き、ついにかわいた砂の上へゆく。 彼はゴムボートを砂に投げると、ライトに白く照らされた場所へと歩き出した。 (ア、あそこへ行くのかよ) かわいた砂の上に立った時、おれはガタガタと震えだした。 あのライトは目立ちすぎる。人が気づいて見ている! 誰かが寄ってくる。海から、島から、ひとが引き寄せられ、なにごとか注目している! ――いやだ。いや、いやだ。 空気が薄くなったように、おれはあえいだ。足に力が入らない。ひざが浮き、降りない。 「ア……ああ……」 咽喉からしわがれ声がもれ、喬任の影が振り向いた。 長身の影が止まって、おれを見ていた。ひどく静かな影だった。光がその後ろに広がり、波が騒いでいたが、おだやかな影だけが親しげな沈黙のなかに立っていた。 おれの足がまたふわふわと砂を踏んだ。 綿の上を行くようにぎこちない。よろけそうになる。だが、主人の影だけを見つめ、よたよた歩いた。 主人が強い光のなかに立った。端整な輪郭を光がかたどる。 おれはよたよたと光のなかに入った。 鳥肌がたった。自分で見てもおぞましい姿、首縄うたれ、縛られ、少し腹をふくらませた変質者の裸が、あますところなくさらされた。 (ひい、い) また浮き上がるように足がふるえた。 「座って」 主人のおだやかな声が言った。 「ここで、産むんだ」 おれはくずれるようにしゃがんだ。光から逃げるようにちぢこまった。 波の騒ぐ音がひとの声に聞こえた。背後の木々のなかから、人がざわめく声が聞こえた。笑い声、変態とささやく声が聞こえた。 (ちがう。おれ、ちがう。ちがう) からだが燃えるように熱くなり、涙がわいた。叫んで逃げたかった。だが、首から下の関節がこわばりつき、身動きできない。 「ケイ」 あたたかい手がおれの耳に触れた。指の背がすっと首にはいり、あごをつかんだ。 顔があげられた。光のなかで、黒目がちのやさしい目が見ていた。 「さ、産んで」 その時だった。意識が二割ぐらい頭から抜け出た。 命令がからだにつたわり、関節がゆるんだ。腸が思い出したように蠕動する。直腸が重くふくらんだ。 (ウ) ピンポン玉が肛門を押し広げ、大きくせりでてくる。最大限までひろげると、あっけなくすべり落ちていった。 おれは砂に落ちた白い玉を見おろし、主人の顔を見た。主人はやさしく言った。 「つづけて」 玉はあと三つ、腹のなかで待っていた。次の玉も待ちかねるようにすでに直腸に下りてきていた。 「ア……ふ……あ」 肛門に強い重みがくわわり、粘膜がひらいていく。尻の穴を割って、硬質の異物がまろびでてくる。 尻からピンポン玉を産んでいる。海亀みたいに。ひとの住む世界のすぐ裏で。船の光のステージの上で。 「ん、ア、んっ……ッ!」 まゆをよせ、いきむ顔を、人が見ている。揺れる尻を。肛門が伸び、ふくらむ様を。尻に 白い玉をはさんだ姿を、見て、嘲笑している。 恥ずかしい。 怖い。恥ずかしい。 だが、主人が見ている。上機嫌でおれを愛でている。 この男はおれを蔑まない。おれの痴態を、むき出しのペニスを、尻の穴を、ピンポン玉を、まぬけなあえぎ声を、責めない。カマで、ドMで、グロテスクなおれをまるごと抱きあげて、包み込んでいる。 包みこみ、同時に荒々しくも絢爛たるこの世界へ解き放っていた。 「イッ、アアッ、ハア、や、アーッ!」 おれは必死にシーツをつかんだ。手を押さえられているのに、吹っ飛ばされそうだった。 尻のなかで、主人の熱いペニスがはげしく踊っていた。 「アア、あああ……!」 快楽の追い風に巻き上げられる一方、鋭い苦痛がペニスを脈打っている。そこには結束バンドが結ばれ、射精を禁じていた。 (痛い。もう痛い。おゆるしを。お許しを、ご主人様!) だが、冷酷な主人はギャロップをゆるめない。彼はひどく昂ぶっている。おれに魅入られている。 「ああ、クッ、ああ」 おれは眉をしかめ、あられもない声をあげた。 主人のペニスのかたち、大きなえらがジェルを?き出すのがわかる。反った砲身が深く食い入るのがわかる。肛門の粘膜が限界までひろげられ、ぴりぴりいっている。愛液のようにジェルが噴き出ている。 「アアッ、ハアッ、だ、め――イク。はずし――アアッ」 大きな白い火の玉がからだを包んだ。稲光のように感覚がはじけ、からだがおどり、痙攣する。皮膚の上を荒い光の粒が走る。四肢が舞う。背骨が反り返る。 火の玉はゆっくりと通り過ぎた。 気づくと、背中の上で主人があえいでいた。下腹に、彼がそそいだものが感じられた。 おれはふりかえり、手をのばした。いとしいその首をつかみ、荒い息を吐く唇に強く口づけた。 |
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