2010年6月16日〜30日
5月16日 レン 〔地下の犬・未出〕
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 地下にはいろんな犬がいます。

 たいがいの犬は売れるために必死です。ボディビルに励んだり、脱毛したり。またトーク術や心理学を勉強するのもいます。
 といっても、わたしたちがセルで目を開けていられる時間は少ないのですが。

 わたしの友人のヤスミンはそういう努力は一切しません。

 かえって、買いにきた客を撃退するイタズラばかり工夫しています。着色したジェルを直腸に仕込んでおいて、客のペニスを茶色まみれにしたり。(笑)

 彼は地下が好きなんだそうです。


6月17日 レン 〔地下の犬・未出〕

 ヤスミンは華奢な美形です。

 ショーの後は引く手あまたなのですが、寝室でイタズラしたり、イヤミなジョークをいって、嫌がらせをします。
 いきなり「買ってくれ」というのが一番効くそうです。

 彼はギーク(コンピューターおたく)でもあります。(笑)

 わたしのところにその手の雑誌を借りに来ます。客に買い取られれば、最新マシンで毎日遊べるだろうに。

「連中に買われたら、裸の男でいっぱいのこの楽園から出なきゃならないだろ」

 そんな彼にも危機が訪れました。


6月18日 アキラ 〔ラインハルト〕

 ルイスから一匹、担当を代わってほしいと犬を押し付けられた。

 長く地下にくすぶっていた犬で、ルイスはおれにこれを売って欲しいらしい。

「もうすぐ五年なんだ。始末したくない。たのむよ」

 みんな誤解している。
 犬を売るのは家令の仕事。
 おれが犬を売るのは、手持ちの犬を減らして、事務仕事の時間をとるためで、犬好きだからというわけではないんだ。

 とはいえ、たしかにこの犬はレッドゾーンにある。しかもクレームリストは勧進帳みたいに長い。
 しかもケガ……? 

 売れるかこんなもん!


6月19日 レン 〔地下の犬・未出〕

 今日は休みだったので、アクトーレスに頼んでポルタ・アルブスにいきました。

 ヤスミンのやつが客をからかいすぎて、酷い目に遭ったのです。ひどく乱暴されて、肋骨を折ってしまいました。
 病室を見舞うと、顔も包帯だらけに。

「いいかげんにしろよ。そろそろ期限じゃないか」

 わたしが叱ると、ヤスミンは涙をこぼして言いました。

「好きな男がいるんだ。そいつがおれを迎えに来てくれるんだ。だから待ってなきゃならないんだよ」


6月20日 レン 〔地下の犬・未出〕

 ヤスミンの話に悩んでいます。

 ヤスミンの相手は、会社の縁故でファミリアレスになれたような若い客で、ヤスミンを買う資力がないのです。

 でも、彼のために金を貯めると誓ったとか。

 じつはそんな話は地下にはよくあります。
 ずるさややさしさから出たウソで、犬も本気にすべきではありません。

 でも、ヤスミンは、恋人はとてもうぶなかわいい男だと言います。

「あいつになら、騙されてもいいんだ。間抜けをさらして、それで死んでも、後悔しない」

 手の施しようがありません。


6月21日 ルイス〔ラインハルト〕

 わたしが渡した問題犬ヤスミンのことでアキラが頭を悩ませています。

 彼に渡した途端、ヤスミンが客に暴力をふるわれて入院したので、いかな彼とて売りようがありません。

 実はもうヤスミンには死神が来ています。
 
 クレームや返金が多すぎて、ケンソルから、利益のあがらない犬としてリストアップされてしまっているのです。
 アキラは引き伸ばしていますが、あと一週間で結果が出てしまいます。

 ヤスミンの恋人とやらはまったく見込みナシです。彼の会社が今年倒産していますから。


6月22日 フミウス 〔家令〕


 アキラから犬を売れと怒涛の催促を受けています。

 その犬というのが、お客様のベッドで暴言は吐く、ゲロは吐く、お客様のペニスに接着剤は塗るという、とんでもない問題犬で、しかも今、客のマジ怒りを買って、入院中だというのです。
 高枝切りバサミつけでも売れませんよ!

 しかも、イアンからも催促されているのです。

「東洋人が好みそうな、小柄な金髪美青年だから」

 ヴィラに金髪美青年がどんだけいると思っているのですか。
 しかもヲタですと? 日本にはもうあまってますよ!


6月23日 アキラ 〔ラインハルト〕


 今日はツイてる! 
 あの問題犬にやっと客がついた。

 家令に言わせると「プレイボーイだが、乱暴者じゃない。じゃじゃ馬が好きらしい。いい取り合わせだと思う」とのこと。

 これは脈がある! 
 なんといっても、ケガをしててもオファーをいれてきたんだ。うまくあおれば、食いついてくるに違いない。

 あと考えられるのは、ヤスミンの脱走だ。警戒を強にするようウエリテス兵に指示しなきゃ。
 めざせ、処分ゼロ!


6月24日 ジャック 〔バー・コルヴス〕

 少し前、アクトーレスが店に来ました。

「ここに貼り紙はらせてくれない?」

 お断りしましたが、内装に合うようなデザインにしてきたというので見てみました。

『犬、売ります。ご主人様が買ってくれないと、もうすぐ処分されてしまいます』

 昔の映画女優のような美青年の写真が載っていました。ポスターの色調も壁に合うので特別に許可すると、さっそくその晩からポスターのことが店で話題になりました。

 このポスター、さっきひとりの客が見て棒立ちになったのです。

「これはぼくの恋人だ」


6月25日  ジャック 〔バー・コルヴス〕

 昨日、あのポスターを見て、ショックを受けた客がいました。

 彼はすぐに出ていったので事情はわかりませんでしたが、今日ほかの客から、消息を聞きました。

「彼はポスターの犬を買うためにこの数年、金を貯めていたんだ。だが、会社が倒産して、ヴィラの会員もしばらく辞めなければならなくなった。それで、かならず迎えにくると言うつもりでヴィラに来たらしい」

 地下のスタッフに、なんとかローンで売ってくれないか、とうるさく言い立てていたとのことです。


6月26日 アキラ 〔ラインハルト〕

 しめしめ、である。
 あのプレイボーイ客は絶対にヤスミンを買う。

 病室に案内したら、案の定、ヤスミンが客を罵倒しだした。よほどもう一発殴って眠らせようかと思ったが、かえってよかった。

 客は手ごたえのある玩具に満足したようだ。ついでにこれまでのクレームリストを読ませてやったら、「多いに気に入った」と爆笑した。

 ヤスミンの腹積もりはだいたいわかるが、まずは買い取られることが大事だ。死んだら恋人もクソもなくなっちまうんだから。


6月27日 レン 〔地下の犬・未出〕

 このごろ、毎日のようにヤスミンの恋人がのぞき部屋に来ます。
 いつもここのボスにとりすがって、ヤスミンの値下げを交渉しようとしていますが、スタッフたちが冷たくあしらっています。

 どうやら、ヤスミンには有望な客がつきそうなのです。

 遅すぎるよ、と外野ながら歯軋りしたい思いです。しかも、飼育権の金すらないとは。
 わたしはつい腹をたてて、彼に言いました。

「彼が売られないようにどれだけ苦労したかわかりますか。金がないなんて言ってないで誰かに借りて来てくださいよ!」


6月28日 ジャック 〔バー・コルヴス〕

 今日は変なことがありましたよ。(笑)

 いつか話したポスターの犬の恋人がまた来たのです。そしていきなり店のなかで

「だれか、ぼくに五億五千万セス貸してください。かならずお返しします。どうしても買いたい犬がいるんです」

 あちこちで叫んでまわったのでしょう。ひどいしゃがれ声でした。なにか投げつけられたらしくスーツも汚れていました。
 運の悪いことに、ちょうど品の悪い酔っ払い客がいて、

「そこでストリップして稼ぎな。チップに6億やろう」


6月29日 ジャック 〔バー・コルヴス〕

 昨日の話の続きです。
 酔客の野次にその男が見返しました。

「先に小切手にサインしてくれますか」

「ただのストリップじゃだめだぜ。ここにいるみんなを勃たせてくれなきゃ」

 わたしはいい加減に止めようとしました。でも、男は、

「信頼してくれた人間を裏切るほど不名誉なことはない。服を脱いでダンスするぐらいなんでもないさ」

 相手が面白い、と本当に小切手帖を出そうとした時、

「やめなさい」

 と背の高い男が入ってきました。

「金はここにある」


6月30日 ジャック 〔バー・コルヴス〕

 また、続きです。
 入ってきた男はヴィラではプレイボーイで有名なサー・コンラッドでした。

「きみがあの犬の恋人か。ここに小切手があるから、すぐあの犬を買ってきなさい」

 しかし、男はわけがわかりません。すると、サー・コンラッドは、

「犬から事情を聞いた。フォルムできみが叫んでいたのも聞いた。アクイラでこの話をすると涙もろいわたしの友人たちが犬を救おうといってカンパを出し合ったのさ。きみ、つまらない意地で、好意を無にしたりはしないよな」


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