2010年9月16日〜30日
9月16日 サリム 〔犬・未出〕

 今日あの方から電話があった。

『妙なことがあったらしいな』

 それ以上は責めなかったが、来週、ここへ来ると言った。

 終わった。
 
 背信は許されまい。拷問か。それとも売り戻すのか。

 また地下暮らしに戻るのかと思うと、さすがに気分がはずまない。所有権をとられたということは殺されも文句は言えないということだ。

 キースが心配していたとおりになった。だが、おれはこんな人間だ。これ以外どうにもならなかった。

 しょうがない。その日が来るまで遊ぶか。JC、また犬になってくれるかな。


9月17日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 アキラがJCの犬の件を主人に伝えさせたという。
 おれはへたりこみそうになった。

「イアン、隠すのはマズイですよ。客は体の浮気にはシビアですからね」

 ……そうだな、アキラ。でも、おれにだって心の準備がある。

 部下が間男したくて、犬の真似をしたんだぞ。まったくJCもとち狂ってくれたものだ。脅したぐらいじゃ引かなかった。

 JCは辞めさせるしかないだろう。新人ではないから、面倒なことになるかもしれない。

 まったく。あいつ、船のオーナーになりたいって言っていたのに。


9月18日 ウォルフ 〔ラインハルト〕

 イアンから連絡がありました。
 JCの身辺調査です。

 解雇の理由にできるような穏便な罪状がないか探ってくれとのことでした。

「できれば客の犬に手を出したことは伏せたい。ほかの理由がほしい」

 わたしは気に入りませんでした。

「引き受けかねますな。デクリオン。ここはそういう細工をする部署ではない」

 イアンはすぐ恥じ入って、謝りました。

「JCが解雇で済めばいいんだが、おれは心配なんだ」

「気持ちはわかる。だが、隠し事ははじめるときりがない。明白にした後でなら、相談にのる」


9月19日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 今日はキースとドッグマーケットへ夕飯の買いだしに行きました。

 キースは最近、元気がなかったのですが、買い物は少し気晴らしになったようです。
 今夜のケイジャン料理の材料を抱え、ソフトクリームをなめながら機嫌よく帰りました。

 でも、ドムスの前にハンサムな犬が立っているのを見て、キースは顔色を変えました。
 あの噂の犬、サリムです。

「なんだいったい」

「お別れに来たんだ。キース、ちょっと歩かないか」

 おれは家に入るふりして、尾行しました。


9月20日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 キースとサリムは公園に入りました。

「お別れってどういうことだ」

「バレちゃってね。今度、旦那が帰ってくるのさ」

 キースは激怒して、「わかってたことじゃないか。どうするんだ、いったい」

「どうしようもない。殺されるか、地下に戻されるか。パンテオンってのもありかもな」

 植え込みの影からもキースが蒼ざめているのがわかります。サリムはしょんぼりと、

「相手は逃げようって言っているんだ」

「逃げる? 無理だ」

「わかってる。だが、きみが協力してくれたらあるいは――」


9月21日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 おれはサリムの言葉を聞いて、思わず植え込みから飛び上がってしまいました。

「だめだ! キースを巻き込むなんて許さんぞ」

 おれはおどろいているサリムの前に立ち

「それ以上言うなよ。ここまでのことは黙っておいてやる。キースを巻き込むな。さあ帰れ」

 サリムはぺろりと舌を出し、

「わかったよ。キース、元気でな」

 と言って帰りました。
 キースは追おうとしましたが、おれは必死にはがい締め、わめきました。

「キース、ご主人様のことを考えろ。あんたはご主人様の信用を裏切る気か」


9月22日 ロビン 〔調教ゲーム〕

 キースはひどく興奮していました。

「まだ、あいつが何をおれにさせたいか聞いてない」

「聞いたらあんたは引き受ける!」

「友だちなんだ」

 おれはしかたなく、彼の頬を一発殴りました。キースはおどろいて、おれを見ました。

「殴ってすまない。でも、あんたは地下のことになると、すぐうわずっちまうんだ。なんでもかんでも庇えばいいってもんじゃないだろ」

 キースはつらそうでした。もう逆らいませんでしたが、

「あいつには殴ってくれる仲間もいなかったんだよ」

 と言いました。


9月23日 サリム 〔犬・未出〕

 明後日、あの方が来る。
 おれの気ままな飼い犬生活もこれまで。

 JCはおれに今晩逃げようと言ってきた。
 いっしょに逃げよう。南フランスの秘密の離れ島で、ふたりで魚を釣って暮らそうと。

 夕日を見ながらワインを飲んで、星空の下、誰はばかることなく愛し合う暮らし。

 痛々しいぐらいやさしい夢だ。おれはここに来て、こんな夢を描けたことはなかった。

 おれはJCを可愛く思っていたが、彼のことはたいして知らなかった。なぜかひどく胸苦しい気分だ。


9月24日 J・C・セレスト 〔未出〕

 おれはいま、牢屋にいる。

 サリムは出てこなかった。かわりにデクリオンとハスターティ兵が出てきた。
 おれはドムスへの不法侵入で逮捕された。サリムが通報したのだという。

 ふしぎと恨めしい気分は起こらない。
 サリムはそういう男だ。おれを翻弄するのが好きなんだ。

 そして、おれも彼にキリキリ舞いさせられるのが面白かった。一生、彼に振り回されてみたいと夢を見た。

 だが、ここでおわりだ。おれはゴムボートを持っていた。二人分の偽造IDも。解雇じゃすまないだろうな。


9月25日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 アクトーレス・マクシムスに事情を話した。
 ウォルフは公正に話せと言ったが、どうしても身びいきが出てしまう。

「彼はこれまでまったく問題のなかった優秀なアクトーレスです。今回のことは相手の犬が原因です」

 アクトーレス・マクシムスはこんな話、聞き飽きているのだろう。

「ボートを持っていたというのは痛いな。ただの密通なら解雇ですむが、逃亡補助となれば死刑もありうる」

「なんとか、わたしのクビひとつで収められませんか」

 彼は返事をしなかった。


9月26日 サリム 〔犬・未出〕

 昨日の夜遅く、主人が着いた。
 軽く食事をした後、主人はおれに話をさせた。

 おれは欲求不満が嵩じて、やりすぎたのだと白状した。
 主人はおれに聞いた。

「そのアクトーレスを愛しているのか」

「いいえ。ただ手ごろだっただけで」

 嘘を言うな、と主人は念押しした。

「本当のことを言っても叱らない」

 叱るどころか一生恨むくせに。
 だが、おれもまもなく罰を受ける身だ。どうとでもなれと言ってしまった。

「ええ、愛しています。彼と暮らしてみたかった」

 主人は言った。

「では簡単だ。その男と結婚したらいい」


9月27日 イアン 〔アクトーレス失墜〕


 くだんの犬の主人がおかしなことを言ってきた。

「あのアクトーレスを牢から出してくれ。あれをわたしの犬の婿にするのだ」

 アクトーレス・マクシムスも戸惑ってしまっている。
 主人は笑い、

「わたしとて若い頃は、他人さまの女房や恋人をよく盗んだものさ。こんなことで目くじらたてるようなケチくさい男じゃないよ」

 犬を解放してJCにくれてやるという。ボートは自分がもってこいといったのだ、とさえ言った。

「あと、花婿の仕事をとりあげないでくれよ。金がないと喧嘩になるからな」


9月28日 J・C・セレスト 〔未出〕

 イアンから信じられない話を聞いた。
 サリムの主人のおかげで、おれは放免になるという。

 おれは衝撃を受けた。
 なぜか喜べなかった。

 サリムの主人の大きさを知った時、おれは自分がこそ泥だと痛烈に知った。恋心は消え、サリムも心から消えた。

 おれはガキのように泣き出した。恥ずかしさと、でかい人間に触れたショックで泣けてしかたなかった。
 イアンは言った。

「少し外に出て来い。ヴィラの外に。おまえは、要は経験のない、小僧だったってことだよ」


9月29日 サリム 〔犬・未出〕

 JCはおれを迎えには来なかった。

 おれも彼と行かなかったと思う。
 主人がおれを彼にやると言った時、おれとJCを包んでいた子どもじみた狂騒は霧のように溶けてしまった。

 JCはヴィラから出て行った。
 その必要があるだろう。おれのような悪党に騙される程度の男じゃここは務まらない。

 主人はこの結果を残念とも思ってないようだ。

「わかってやったんですか」

「いいや。だが、誠意が時々素晴らしい仕事をすることは知っている」

 おれはしばらくこの主人を見ていようと思った。


9月30日 キース 〔わんわんクエスト〕

 CFのカフェで、サリムに話を聞きました。

 サリムが罰を受けなくて本当によかった。おれは安心しすぎて腰が抜けそうになりましたよ。

「罰を受けたかった気もするよ」

 サリムはにがい笑いを浮かべ、

「罰を受ければ、これまでどおり、バカな男のままでいられた気がする。バカな人間って楽しいじゃないか。わあわあ騒いでさ」

 そういう猥雑な楽しみが色褪せてみえて寂しいと言いました。

 照れでしょう。彼の横顔は尊敬する人間に会って、気持ちよく叩きのめされた、さわやかな感じがしましたよ。


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