2011年1月16日〜31日 |
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1月16日 フェルド 〔犬・未出〕 アダムと寝る――。 おれはその考えにとり憑かれた。 だが、正直に言えば、彼と寝たいというより、彼の恋人になりたい。アダムの特等席に座れる人物になりたい。 それは現実はなかなかむずかしい。 気のいい彼には友だちが多い。 みんなでバカなことを言っている愉快な関係に、邪念を持ち込むのも気がひける。 それに何より、彼がおれをどう思ってるか――。 友だちとしては親切だが、おれが惚れてるといいだしたら、どうなることか。 おれみたいなクマが。迷惑かな、やっぱり……。 |
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1月17日 フェルド 〔犬・未出〕 ゲームオタクのパットから、へんてこな話を聞いた。 彼のやっているゲームは、ヴィラのほかのプレイヤーといっしょに闘ったり、結婚したりできるという。 結婚?! 「ホモ婚はないから、片方が女のキャラにならないとだめだけど」 結婚?! ゲームの上で結婚して何が面白いというのだ。 「結婚して得られるスキルがあるんだよ。それを使うとモンスター狩りが楽になる」 ついていけない。 おれの恋は目の前にある。目の前で息づいて、ふざけて、笑っている。 ただ、抱きしめることはむずかしいが。 |
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1月18日 フェルド 〔犬・未出〕 パットのゲームをバカにしていたが、なんと、友人たちもそのゲームで遊んでいた。 「次から次へとやることがあって、ハマるんだよね」 「まさか、アダムも?」 「アダム、ギルマスだよ」 ……プレイヤー同士のギルドのマスター。 相当入れ込んでいるではないか。 しかも、うちのパットは、アダムのギルドのメンバーだという。アダムは照れつつ 「やるんだったら、うちのギルド入れよ。狩りの手伝いとかしてやるよ」 意外だ。 でも、なんでも楽しむ彼らしい。 おれはゲームのアカウントを取った。 |
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1月19日 フェルド 〔犬・未出〕 ゲームをはじめたら、意外にもパットがよろこんだ。 いっしょに遊ぶ仲間ができてうれしいようだ。聞きもしないのにゲームのコツを教えてくれたり、アイテムをわけてくれたりする。 べつに彼と遊びたくてはじめたわけではないのだが。 おれはかわいい女の子のアバターを使って、ゲームをした。 なんで、女の子? 正直に言おう。 結婚のことをちょっと期待してるとこがある。 アダムとゲームで結婚して、それから現実に……。 アホだが、これが恋というものだ。 |
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1月20日 フェルド 〔犬・未出〕 ゲームをはじめて、アダムとの距離がより近づいた。 以前は彼の仲間の新参という地位だったが、共通の話題が増え、順位がぐぐっとあがった感じだ。 菓子づくりしながら、モンスターの倒し方やジョークを言うのも楽しい。なんか高校生に戻ったみたいだ。 ただ、実際は、アダムはあんまり最近はゲームはしないようだ。たまにちょこっとチャットして、消えてしまう。 ご主人様が帰ってきているのだろうか。 それに、ちょっと前よりやつれた感じがする。なぜだろう。 |
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1月21日 フェルド 〔犬・未出〕 おれはアダムのためにジンジャークッキーを焼いた。 彼のおばあちゃんが、よくこれを焼いてくれたそうだ。少し楽しい気持ちになるかもしれない。 出来立てのクッキーは、かなりイケた。おれはそれをきれいな紙袋に詰め、リボンを模したシールを貼った。 かわいい。 気持ちがクイッと上を向くのがわかる。 まだ暖かいそれを持って、おれはカフェに出かけた。 途中に、あのデートポイントがあった。 そこを通り過ぎた時、見てしまった。 アダムがべつの男の額にやさしくキスしているのを。 |
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1月22日 フェルド 〔犬・未出〕 相手の男はメリル。 仲間のひとりだった。 気のいいやつで、小柄でかわいくて、おれも好感をもっていた。 だから、憎しみは感じない。 アダムはいい子を選んだ、とおもった。 ただ、風船がしぼむようにからだ中からエネルギーが抜けていった。 おれは黙って通り過ぎた。呆然としていた。 CFにはいつもの仲間たちがいたが、ろくにしゃべれなかった。 おれはドムスに帰り、ベッドにもぐりこんだ。遠雷が響いているようで、かなしみすらわかなかった。 |
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1月23日 フェルド 〔犬・未出〕 涙が出たのは夜になってからだ。 おれとメリルはあまりに違いすぎる。 おれはでかいクマで、あいつは妖精みたいに愛くるしい。 その違いがあまりにかなしい。 おれは愛されない。 主人にも愛されないし、誰にも愛されない。 おれは一生ひとりだ。 おれは自虐的な感情におぼれ、毛布のなかでボロボロ泣いた。 でかいなりして、失恋して、みっともなく泣いている。ちょっと親切にされ、舞い上がってしまった醜いクマ。 まったくもの笑いだ。 |
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1月24日 フェルド 〔犬・未出〕 泣くだけ泣いて、おれは事実を受け入れた。 ただ、しばらくCFに行く気になれなかった。 心臓のぶあつい筋肉がビリッと裂け、大量の血が流れっぱなしだ。なにかの折に泣いてしまわないとも限らない。 しかし、CFに行かないと、気持ちは冷え切ったまま動かない。ずっと、自分のアホさを責め続けることになる。 キッチンでドーナツを作ってると、パットが入ってきた。 「いま、ギルマスのアダムがえらいこと言ってきた。知ってる? ――彼、解放されるんだって」 |
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1月25日 フェルド 〔犬・未出〕 アダムのニュースにみぞおちがぎゅっと硬くなった。 パットは 「アダム、メリルとつるんでたんだよ。で、彼と結婚したくて、ずっと主人を説得していたんだ。ついにふたりの主人が認めてくれて、ふたりとも解放。結婚するんだってよ」 アダムはギルドメンバーだけでなく、全体チャットで、プレイヤー全員に、 「だからみんなも希望を捨てるな」 と言ったらしい。 そうなんだ。 そういう男らしいやつなんだ、アダムは。 おれは粉のついた手で顔をこすり、涙が見えないようごまかした。 |
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1月26日 フェルド 〔犬・未出〕 アダムがいなくなり、おれはしばらくぼんやりして過ごした。 内臓がごっそりなくなったようにむなしい。CFに行って、ジムでからだを動かしてはいるが、力が入らず、すぐバテてしまう。 一番の気晴らしはなんと、パットとゲームをすることだ。 パットはおれの失恋にぜんぜん気づいておらず、あいかわらずのオタクぶりでゲームに熱中している。 おれの弱いアバターをつれまわして、世話を焼きつつ、モンスターを狩りまわっている。 彼の無邪気さや楽しげな空気にだいぶ救われた。 |
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1月27日 フェルド 〔犬・未出〕 パットのおかげでだいぶ痛みがとれた。 やはり人といっしょにいるのはいいものだ。 それに、今まで気づかなかったが、パットにもいいところはある。 世話好きで、明るい。 遊んでいるとくだらないことばっかり言って、屈託がない。 甘いものが好きで、おれにタルトを作ってくれとねだるところも可愛かった。 あっさりした感想だが、「うまい」というひとことはうれしいものだ。 アダムの思い出と深く結びついた菓子づくりだが、彼のおかげで止めずにすんだ。 |
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1月28日 フェルド 〔犬・未出〕 パットとも問題がないわけではない。こいつは本当にガキだ。 失恋でむなしくて、おれは人肌が恋しくなったことがあった。パットでも……とチラと思った時、彼はなにか察したのか 「今日はおれ、ボスやるから」 と背をむけて別の仲間と遊んでしまった。 その背中が冷たくかたかった。 (ああ、いやなんだな) 気を許しかけただけに傷ついた。 こいつの親切はただ自分が遊びたいがためだったのか、とさえ思った。 だが、あることから、おれの気持ちは変わった。 |
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1月29日 フェルド 〔犬・未出〕 ひさびさにご主人様が帰ってきたのだ。 パットが部屋に呼ばれた。 翌日、パットは元気がなかった。 むごい主人ではないが、自分の快楽のためだけに犬を飼っている人だ。抱かれた後は疲れるし、ちょっとみじめな気分になる。 おれは慰める言葉をもたなかった。 パットのためにブルーベリーパイを焼いてやった。 紅茶を淹れ、 「ゲームばっかりすると目によくないからな」 と勧めてやると、しょぼしょぼ食べていた。 肩が丸まり、目が落ちてかなしげだった。 だが、小さな声で「ありがとう」と言った。 |
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1月30日 フェルド 〔犬・未出〕 おれはパットの哀れな様を見て理解した。 パットはいまだこの身分がみじめなのだ。こんな風に屈従したことを恥じている。 ゲーム内で、おれの世話を焼きたがったのは、少しプライドを取り戻したかったからなのかもしれない。 おれは哀れになった。 彼をおびやかさないでおいてやろう、とおもった。 変にせまったりしないで、楽しい仲間でいてやろう。 そう思った時、なぜか、おれの心臓の流血が止まった。傷がようやくふさがり、大地に足がついた感じがした。 |
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1月31日 フェルド 〔犬・未出〕 時間がすぎて、おれはやっぱりアダムとの出会いはよかったと思えるようになった。 失恋はキツかったが、こころのなかが深く耕された感じだ。 以前のおれは自分の女っぽい部分を隠すために、硬直していた。視界の半分を切り捨てて、見なかった。いまは前よりしなやかになったように思う。 若いパットを可愛いと思うようになった。彼のかたくなさも、シャイも不器用も大目に見てやれる。 色気未満の間柄でも楽しめる。 おれ、アダムにちょっと似てきたんじゃないかな。 |
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