2013年4月16日〜30日 |
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4月16日 カシミール 〔未出〕 クリスは一見楽しい男だったんだ、と彼は言った。 「相手の関心事を見抜くのが凄くうまい。おれがホッケーが好きだとすると、おれにとことんホッケーの話をさせる。自分がするんじゃなくて、こっちにしゃべらせる。いい気分にさせるのがうまいんだ。そうやって、すっとココに入ってくる」 と胸を示した。 彼は首を振った。 「エヴェレットには可愛い嫁さんがいた。ルーク、あかんぼが生まれたばかりだった。ホモ嫌いだった。でも、落ちちゃったのさ。クリスには」 |
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4月17日 カシミール 〔未出〕 アシュリーは少し口をつぐんだ。 「息子の新しい友人に気づいたのは親父だった。彼は政治家仲間の情報網を通じて、クリスのことを調べた。 とんでもないことがわかった。元CIAで、ゲイで、以前ゲイのVIP相手に工作していた男だった。 父はすぐクリスのコンサル会社との契約を打ち切らせ、エヴェレットにも交際を禁止した。 ハデな家族争議があったよ。嫁さんも知った。一時、別居状態になったよ。でも、互いにさびしくなって戻ってきたんだ。なんとか家庭崩壊は防げた」 |
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4月18日 カシミール 〔未出〕 さて、と彼は言葉を切った。 「平和が戻った我が家に、またクリスが近づいてきた。今度は別のところからだ」 「……」 「バージニア州で連続殺人事件が起きたの知ってる?」 バージニア州の事件。若い白人女性ばかり四人殺され、騒ぎになったことがあった。 「たしか、女優が殺された」 「そう。エイミー・ベイツ。彼女は共和党の支持者だった。父を応援していて、選挙にもきてくれた。彼女が死んだ」 |
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4月19日 カシミール 〔未出〕 おれが口をはさもうとすると、彼は目で制した。 「聞いてくれ。あれは父さんにとってもショッキングな事件だったんだ。激怒して、警察に早くなんとかするようしつこく働きかけた。 で、犯人は捕まったね。犯人は四人の殺害を自供したし、遺品も車の中から発見されてる。 でも、エイミーの父親は納得しなかったんだ。彼はおかしなことを言い出した。 『娘は上院議員ミルトン・ロスに殺された。彼女は議員の慰みものになっていた、妊娠したため殺された』って」 |
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4月20日 カシミール 〔未出〕 アシュリーはかわいた声でわらった。 「犯人が自供しているのにだぜ。その父親、ベイツに言わせると、娘の事件だけ別なんだってんだ。妊娠した娘をうとんじた上院議員が、連続殺人に犯罪をまぎれこませたって。その証拠はっていうと、ナゾのタレコミだってのさ」 「その女優は妊娠してたんですか」 おれはつい釣り込まれた。 「してない。すべて妄想。でも父は警察に圧力をかけられるだけの権力者だ。だから『胎児のDNA情報は圧力をかけられて破棄された』んだそうだ」 |
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4月21日 カシミール 〔未出〕 娘を殺されたと思い込んだベイツは、上院議員を糾弾した。ゴシップ誌に記事を書かせた。 「面白半分の記事だが、何度も出た。これが政治家にとってどれだけマイナスになると思う? 父は有権者に対して申し開きをしなきゃならなかった。 だから、ベイツと話し合う機会を持ったんだ。上院議員オフィスにやつが押しかけてきた時、父は追い返さなかった。正面からベイツと話した。そして殺された」 アシュリーは言葉を切った。その頬は少し白かった。 |
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4月22日 カシミール 〔未出〕 アシュリーはしばし言葉を継げずにいた。 おれはなんと言っていいかわからなかった。 「お気の毒です。しかし、その男が犯人とわかっているなら――」 「おれはあそこにいたんだ」 彼はくるしげに言った。 「オフィスに。あの日、ワシントンにいたから、ついでに父さんの顔を見に寄ったんだ。秘書室でスタッフたちと立ち話してた。来客中だと聞いて待っていた。そしたら、『サム、来てくれ』って悲鳴が聞こえた。すぐバンッて銃声がした。ボディガードが飛び込んで、二発、銃声が聞こえた」 |
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4月23日 カシミール 〔未出〕 アシュリーの声がかすれた。 「おれは思わず中に飛び込んだ。 『やめろ、危ない』 ってラリーが、秘書が叫んでた。ソファの背にベイツの頭がだらっと垂れていた。父さんは腕を押さえていた。ガラステーブルに血が落ちていた。 ボディガードがおれに『911を』と叫んだ。撃たれたのは肩に近い二の腕だ。助かったと思った。 父さんはおれを見てさ、 『銃をもぎとってやろうとしたんだが、おれはチャック・ノリスじゃなかったな』 おれは『バカじゃないの』って言ったんだ。それが最後の会話になった」 |
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4月24日 カシミール 〔未出〕 「……」 「ふしぎだろ。急に意識をうしなってさ。痙攣して、呼吸が止まった。おれは最初、ショック症状を起こしたんだと思った。ボディガードと交代で必死に心臓マッサージをした。でも、生き返らなかった」 検死の結果、心筋のマヒによる窒息死とわかった。 「なぜ」 「エクスプローダー弾って知ってる?」 「ええ」 弾頭部分に火薬をつめて殺傷力を高めた銃弾だ。 「弾丸から、バトラコトキシンが検出された。神経毒だ。ジャングルでよく矢毒に塗ってあるやつだ」 |
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4月25日 カシミール 〔未出〕 おれは困惑した。 「な。違和感があるだろ」 彼は苦しげに微笑った。 「ただのステーキ屋の親父、なかば頭のおかしいアル中の親父にしちゃ出来すぎだ。氷みたいな計画性だ。 当然、警察もあやしんで周辺を調べた。最初疑ったのはロシア関係だ。秘書のラリー・エメットによると親父は最近、 『ロシア人に注意しろ』と言っていたらしい。そこで警察はベイツとロシアの関係を洗いつくした。大統領も憤っていた。外交問題になりかねなかった」 |
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4月26日 カシミール 〔未出〕 アシュリーは言った。 「捜査の結果、肉の卸売り業者がロシア系だということが判明した。刑事が詳しく調べると、なるほどそこはロシア・マフィアとつながっていた。 ロシア・マフィアはSVR(ロシア対外情報庁)と関係が深い。大変なことだ。もし合衆国の上院議員がロシア政府の意思で暗殺されたとなれば、へたすると戦争になりかねない」 「……」 「ところが、この線は消えた」 「?」 「ロシア側からホットラインで、この件は自分たちではないと連絡してきたんだ」 |
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4月27日 カシミール 〔未出〕 「そういうのは、信じられるんですか」 「うん。もちろん、言葉だけを信じるわけじゃないからね。実際、ロシア・マフィア周辺に、毒入り弾の情報は出ていなかった」 警察は考えをあらためた。つぎに疑惑を持ったのが家族だった。アシュリーは苦笑いした。 「うちは悲惨な一家だよ。母さんはあやしい。女優のことで夫に恨みに思っていたかもしれない。息子たちは遺産問題でであやしい。おれはとくに現場近くにいた。あやしい」 |
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4月28日 カシミール 〔未出〕 彼はさびしそうに笑い、 「政治家の家って人間だと思われてないんだ。警察には、おれたちが家族をうしなって本当に苦しんでいるのがわからない。 とくにある刑事、リーナって若いやつがひどかった。彼はエヴェレットがゲイの男と浮気して、父親に叱責されたことまでつきとめた。でも、そこからパズルが合わさっていったんだ」 彼は言った。 「ベイツの店に肉を卸していた業者がロシア系だったといったね。あの情報を警察に教えたのは、クリストフ・リッツだったんだ」 「……!」 |
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4月29日 カシミール 〔未出〕 犬のCCは芝生の上で心地よげに寝息をたてていた。 沈黙のなか規則正しい寝息だけがおだやかに往復した。 おれは言った。 「クリスは犯人とはビジネスのつきあいがあっただけです。仕事の話をしていれば仕入先の素性はわかるんじゃないですか」 「クリスのコンサルフィーがいくらか知ってるかい? とてもちっぽけなステーキハウスが払えるような額じゃない」 「友だち価格」 「ああ、そういうのもあるかもしれないね。契約書はないが」 「それはまだ」 「おかしいだろ。彼が犯人のそばにいることが!」 |
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4月30日 カシミール 〔未出〕 おれは口を閉じた。 アシュリーも激しかけていたが、おれも混乱していた。 ただの友だちかもしれないではないか。気に入りのステーキ屋に、ちょっとアドバイスしてやろうとしただけかもしれないではないか。 だが、アシュリーは声をおさえて言った。 「警察は彼の周囲を調べた。当然、元CIAということも発覚した。あのリーナ刑事が何度も呼び出して、彼にストレスをかけた。あいつは尻尾を出したよ。深夜、ベイツの家の庭に入り込んだところを逮捕された」 |
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