2015年 3月16日〜31日 |
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3月16日 アキラ〔ラインハルト〕 (ダメだ。あんた、なめられてますよ) さすがにお客様にそれは言えない。 おれは巴に電話した。 「おまえ、おれとはしゃべってたよな。どうして子どもがえりしたんだ」 『……黒の組織に』 「……」 『……』 「想像しろ。このままいったらどうなるか、考えろ。ゲームして喰って寝て。藤堂さんだって、いずれしらける。ナメクジみたいに床にくっついただけのおまえにむなしくなる。ほかの子を飼おうという気になったらどうする?」 『そんなの』 巴は言った。 『なんか言ったって、捨てられますよ』 |
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3月17日 巴〔犬・未出〕 (あな。こわや。こわや) 高杉の電話は面倒くさい。 いつも話をしろ、外にいけ、人と会えと苦行を強いる。 それができるなら、大学行ってたっての。 ――聞くことねえよ。アクトーレスの話なんざ。 ゲームの仲間は言った。 ――あいつらにはなんの権利もねえ。ただの従業員だ。こっちはお客様のツレだ。立場的には上なんだよ。 ――そうなの? ――ああ。アクトーレスを替えてもらうこともできるんだぜ。 ――へえ。 ――旦那に言えよ。アクトーレスが色目を使ってくるって。すぐクビさ。 |
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3月18日 巴〔犬・未出〕 さすがに高杉をクビにしてくれ、とは思わない。 高杉を替えて、エディングスみたいな暴力外人が担当になったら目もあてられない。 いや、高杉がおれのことを考えてくれているのはわかるのだ。 彼はいいやつだ。ただ、おれがだらしなすぎて、その正論に耐えられない。 おれはだらしない。藤堂さんの寛容さにつけこみ、ほとんど声を発してない。町も案内してもらったし、CFなるスポーツクラブにも入会させてもらったのに、全然出かけない。 たしかにナメクジだ。 (……) せめて……腹筋しよ。 |
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3月19日 アキラ〔ラインハルト〕 「おまえが社会性にこだわりすぎんじゃないの」 おれが巴のことを愚痴ると、クリスが言った。 「しゃべらなくてもいいじゃない。犬なんだし。夜の相手をちゃんと務めるならそれで任務完了だろ」 まあ、そうだ。 ただそれだけのつきあいなら、返品率が高い。 「わからないさ。客はおとなしい子が好きかもしれない。犬の声帯ぶっこわす客もいるんだしね」 クリスは言った。 「それに、返品されてもいいんじゃないか。その時、目がさめるよ。死の危険に直面しないかぎり、そういう奴は変わらないさ」 |
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3月20日 アキラ〔ラインハルト〕 (おれにはどうしようもない) 巴はあいかわらずご機嫌な引きこもり生活を満喫しているようだ。 藤堂氏から苦情はない。おれは巴のことはしばらく放置することにした。藤堂氏に不満がないなら、おれがわめく必要はない。 それに巴に電話をするとすぐ切られる。ふざけた態度だが、こちらに飼い犬に苦情を言う権利はないのでどうしようもない。 クリスの言うとおり、痛い目見なきゃわからないのだろう。 まあ、ここの痛い目というのは、取り返しがつかない場合が多いのだが。 |
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3月21日 ロビン〔調教ゲーム〕 今日は藤堂サンがタケノコを持ってきてくれた。 藤堂サンは、この家に出入りが許されているご主人様の友達だ。 「今日は頼みがあってね」 いっしょにタケノコゴハンを食べながら、藤堂サンは言った。 「少し前に新しい子をうちに入れたんだ」 アルが興味を示した。 「日本の子?」 「そうだ」 「料理人?」 「あー、ナオとはまったくちがうタイプなんだよ」 彼は言った。じつは近々、日本に帰らなければならないが、彼がひとりでやっていけるか心配だ。時々、様子を見てやってくれないか、と。 |
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3月22日 ロビン〔調教ゲーム〕 「たしかにナオとはちがうタイプだな」 藤堂家からの帰り、おれたちは唸った。 藤堂サンから招待され、おれたちはトモエに会った。 トモエは背の高い、クールな美形だった。ちょっとワルっぽい、ミステリアスな目をしていた。 が、中身は幼児だ。 話しかけても、おどおどと返事できない。ご主人様が話しかけても、目でうなずくだけ。子どもみたいに首をふるだけ。 エリックがまっさきに言った。 「おれ、ああいうやつ、ダメ」 彼はイヤそうに鼻にしわをよせ、 「おれのまわりにいたら、ぶん殴りそう」 |
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3月23日 ロビン〔調教ゲーム〕 フィルも言った。 「子どもだ。甘やかされて育った」 ミハイルの声も冷たい。 「ナオのかわりがあれだなんて、がっかりだ」 キースはさすがにとりなして、 「まあ、ナオは彼より年上だし、――それにほら、ゴウだって最初はうちとけなかったじゃない」 「ゴウはちがう」 エリックが言った。 「彼は自分の意思で寡黙を選んでいる。自分の価値を知っているんだ。さっきのアレは、たんなる甘ったれの弱虫だ」 きみにまかせた、とアルに言った。 |
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3月24日 巴〔犬・未出〕 突然のお客様たちがお帰りになった後、おれは部屋で倒れるように寝た。 ダメージ絶大。精神値がレッドゾーンに入っていた。 (おれに、他人と飯を食わせるとか) なんてことしてくれるのよ、おっちゃん。 外人さんたちはすぐにおれの異常に気づいた。何人かは露骨に嫌悪を表わした。 すぐにおれは相手にされなくなり、ひとり黙って飯を食っていた。 死にたかった。大学にいた時と同じだ。大勢のなかでいつもひとり。 |
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3月25日 巴〔犬・未出〕 「エリックは剣闘士犬でね。元々英軍兵士なんだが――」 藤堂氏はいつものようにひとりしゃべくりながら、飯を食っている。 おれはぶすくれている。 といっても、ふだんもしゃべらないので、誰も気づくまいが。 あんな悲惨な目に遭わせやがって、二度と寝てやらん、とテレパシーを送っていた。 だが、一応、命にかかわるかもしれないので、口に出しては言えない。臆病者はつらい。 藤堂氏は言った。 「おれが留守の日は、彼らと飯を食ってくれ、な」 なぬ? いま、なんとおっしゃいました? |
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3月26日 巴〔犬・未出〕 絶体絶命だ。 おれはゲーム仲間に相談した。 ――赤の他人と食事なんて絶対にイヤだ。どうしよう。 仲間はおれの深刻さがわからない。 ――いいやつらだぜ。ほかの連中をいじめたりもしないし。 ――相手がマザー・テレサでもイヤだ。なんとかなんない? ――じゃ、断ればいいだろ。旦那に。 ――そんな上級交渉力ない。 ――おまえなあ。 仲間は相談はアクトーレスにしろ、と言った。 が、高杉とは疎遠になっている。そもそも彼がそんなわがまま聞くはずがない。 ――もうだめだ。首吊るしかない。 |
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3月27日 巴〔犬・未出〕 ところが、この件は数日待たずして解決した。 おっちゃんが言うのだ。 「あの食事の件な、ヤメだ。先方が都合が悪いって」 (……) むこうから断ってくれた。 ですよねー。 外人さんたちだって、おれと食事してうれしいわけがない。 おっちゃんはすっきりしない顔をしていたが、ご心配なく。傷は浅いです。食事したら瀕死の重傷を負うところでした。 ホッとして、ゲームにログインすると、新しいやつがギルドにいた。剣士の女子キャラ。まだ作りたてだ。 そいつは言った。 ――やあ。トモエ。アルだ。 |
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3月28日 巴〔犬・未出〕 おれは桂三枝のように椅子ごと倒れそうになった。 アル。 例の外人さんらのなかでも、ひときわ美男で、何度もおれに話を振ってきたやつ。一番迷惑したお方だ。 (どうしよう) ログアウトしたい。 だが、おれの遊び場はここだけなのだ。なじみも大勢いる。 迷っていると、仲間が言った。 ――おまえが困っているって話をしたんだよ。彼に。そしたら、ゲームやりたいって来たんだ。 (……) 話したのか。 先方に直接、話したのか。オマエラキライって言ってたって、わざわざ言ってくれたのか。 |
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3月29日 巴〔犬・未出〕 緊急脱出するしかない。 ゲームから落ちようとすると、アルのチャットが入った。 ――こないだはいきなり大勢おしかけてビックリさせたね。ゴメンナサイ。 おれは手を止めた。 敵さんは激怒モードではない? ――ここは英語話せる日本人ばっかりだから、油断しちゃったんだよね。皆でべらべらしゃべって退屈だったろ。怒ってる? (……) おれは釣られて書いた。 ――怒ってはないです。 ――え、めちゃくちゃ迷惑して、首吊るとこだったって聞いたんだけど。 いや、その。 |
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3月30日 巴〔犬・未出〕 気づくと、アルと会話していた。 ――ひととしゃべろうとすると首が絞まるんですよ。咽喉の筋肉が。 ――ほう。 ――無視しているわけじゃないんです。めっちゃあいずち打ってますよ。ただ、物理的に外に出ないだけで。 ――それはわかったよ。 ――え? ――顔見ればわかるよ。きちんと聞いているかぐらい。 おれはおどろいた。こんなこと言ってくれた人って、はじめてじゃないか? ――でさ。 アルは続けた。 ――今モンスターに殺されたんだけど、これどうすんの? |
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3月31日 巴〔犬・未出〕 ゲーム仲間にアルが加わった。 正直、最初はげんなりした。 彼はリアルの一番ダメなおれを見ている。ここではっちゃけている姿を見て、なんと思うだろう。 だが、アルはおかまいなしだった。 ――なんなんだ。こんな面白いやつだったのか。 ――そうなんだよ。日本のゲーマーって、あんまりチャット入ってこないのに、こいつ初日から態度でかくてよ ――社交力高いな! ――むしろ、人と飯を食えないぐらいのシャイってのが信じがたいわ。 おれの病は仲間内ではもうネタになりつつある。 |
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